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第5回:財政制度と民主主義~公会計とは何か~
- 講師
- 桜内 文城 先生(会計士補 前新潟大学経済学部准教授)
- 日時
- 2010年3月17日 14:00~16:00(予定)
- 場所
- 岩崎学生寮1Fホール(東京都世田谷区北烏山7-12-20)TEL: 03-3300-2600
桜内 文城 先生(Fumiki Sakurauchi)
前衆議院議員 前新潟大学経済学部准教授
1965年 愛媛県生まれ
1988年 東京大学法学部卒業
1992年 ハーバード大学大学院卒業(修士)
1988年~ 大蔵省(現財務省)入省
熊本国税局加治木税務署長
在マレーシア日本大使館一等書記官
大臣官房文書課企画調整室課長補佐
2002年 新潟大学経済学部准教授
財務省・財政制度等審議会専門委員
内閣府・経済財政諮問会議専門委員
総務省・新地方公会計制度研究会委員
2010年 みんなの党(全国比例)から参議院議員選挙に立候補し当選
著書: 「公会計革命」「公会計」
講義内容
前編
みなさん、こんにちは。桜内文城と申します。今日はこちらにて「財政制度と民主主義」と題しまして、お話をさせていただきたいと思います。副題としては「公会計とは何か」、この公会計制度の趣旨ですとか、あるいはやや細かい説明を含めて今日はお話をさせていただきたいと思っております。
今日、初めてこの岩崎財団の寮に来させてもらいました。私も大学時分は別の寮でしたが、楽しい寮生活をしておりまして、ここで勉強し、また暮らしていらっしゃる学生の皆さんも、充実した東京での学生生活を送られるのではないかなと思っております。
また、僕はアメリカに留学したときも寮にいたんですけれども、やはり学生時分というのは、寮でいろんな人と友達になったりですとか、議論したり、あるいは酒を飲んだり、そういう非常に楽しい思い出があります。ここで学ばれる皆さんが、そういった充実した学生生活を送られることをお祈りしております。
それではまず、今日これからお話しする内容について、簡単に概要をご説明申し上げます。お手元にレジュメが配られておるところでございますが、大きく分けて前編の理論編、そして後半に実践編ということでお話をさせていただきたいと思っております。
理論編なんですけれども、最初にまずは近年の公会計制度改革の流れ、あまりニュース等で頻繁に報道されるわけではないんですけれども、ここ10年ばかり、日本におきましても公会計制度の改革というのが随分進んで来ております。その大きな流れについて簡単にご説明申し上げます。2番目に、その公会計制度の目的、何のためにそもそも財政制度、あるいは公会計制度というものが存在するのか、その目的の肝の部分について簡単にご説明申し上げます。そして3つ目に、その目的を受けまして民主主義と公会計制度とのかかわり合いについてご説明申し上げます。この中では、特に憲法の条文等も引きながらご説明をしたいと思っております。
そして4番目に、財政の3機能、これは財政学の領域に入る分野ですけれども、これについて簡単にご説明するとともに、公会計制度の中でどういった勘定体系の中で、この3つの機能というものを説明していくのか、表現していくのか、そういったことについてご説明申し上げます。5番目に、公会計に必要な勘定体系、今申しました財政の3機能ですとか、こういったものを会計的にどう表現していくのかということを考えていきますと、既存の企業会計、通常の複式簿記で皆さんが会計なりで勉強されていたものとやや異なる観点、あるいは異なる新しい、特に資本勘定ですけれども、勘定体系というのが求められてきます。その辺について、簡単にご説明申し上げたいと思っております。
それから、後編の実践編ですけれども、ここでは6番目に地方公共団体向け会計基準モデルというものを書いております。これは、総務省におきまして、平成18年から議論がなされております会計基準であります。これの簡単な概要等についても、ご説明申し上げます。ここには書いておりませんが、それと加えて社会会計、社会会計というのは国民経済計算体系と言いまして、マクロ経済学の分野でGDPの測定とか、統計といったものに活用されている分野ですけれども、その実際の数字等についても簡単に見ていきたいと思っております。
それから最後に、予算編成過程の改革ということで、このような公会計制度の改革、会計制度自体を変えたとしても、政府の意思決定の仕組み、あるいは意思決定そのものを変えていかないことには国民の生活をより豊かに、あるいは安定的な財政を運営していく、そういったことを実現することはできません。そういう意味で、公会計制度改革とともに、予算編成プロセスのあり方を変えていく、政府の意思決定の仕組み自体を変えていく、これが非常に公会計の分野でも重要だという認識がなされております。その辺について、新しい予算編成の仕組み、そしてまたそれをサポートする会計ソフト、シミュレーションソフトについても簡単に触れていきたいと思います。
とりあえず、以上が概要でございます。
ここから、では中身の話に入ってまいります。基本的には、お手元にレジュメを付けております。パワーポイントの資料ですけれども、これに沿って話を進めてまいります。ただ、若干話が前後する場合もありますので、そこはご容赦ください。
1.近年の公会計制度改革の流れ
まず1枚目をめくっていただければ、「我が国の公会計制度改革に向けた取り組み」という1枚目のスライドのレジュメがございます。一番最初の、近年の公会計制度改革の流れについてご説明申し上げます。
こちらにありますように、このところの少なくとも日本国内におきます公会計制度改革というのは、ほぼこの10年間に進んできた流れであります。それまでは、実を申しますと、この左側にありますように国の貸借対照表ですとか、独立行政法人の会計基準等々というものが、ちょうど10年ほど前に実際に世に出てきたわけですけれども、逆に言いますと、それ以前には政府の貸借対照表ですとか、そういった財務書類というものは存在しませんでした。
どこにどういった資産があるのか、あるいは負債がどれだけあるのか、国債自体は残高がどれだけあるのかということは随時公表もされてきておるんですけれども、国債以外の見えない負債、例えば公的年金債務、これは国が国民年金ですとか、あるいは厚生年金といった形で、言わば政府が保険会社のような役割を担っておりました。その場合に、国民に対して65歳以上になったら年金を幾ら幾ら支給いたしますよというふうに、法律でもって約束しているわけです。これは、国にとってみれば債務であります。
ところが、これがじゃあ一体幾らあるのかということは、もちろん国債を発行して行っている事業ではありませんので、目に見えない数字ではありますけれども、実際には公的年金債務として、本当は国のバランスシート上に計上しなければいけない数字であります。今現在、この公的年金債務だけで、ほぼ200兆円ですとか、300兆円ぐらいあるのではないかというような計算がなされているところであります。
10年前に、そのような試みが日本でも始まりました。真ん中にあります2003年3月の公会計概念フレームワーク、これは日本公認会計士協会におきまして、私もそのドラフトの作成に大きくかかわってきたんですけれども、そもそも何かと申しますと、政府、これは国にしろ地方公共団体にしろ、そういった公的部門の経済主体が財務諸表なり、財務情報をきちんと作成して開示しましょうとなったときに、先ほども簡単に言いました資産が一体どういうものなのか。実を言いますと、その資産の概念自体が民間の会計基準と異なってきます。どういうことかと言うと、通常の日本の会計基準、あるいは国際会計基準というところにおいては、資産の概念というのは将来の経済的便益という言い方をします。英語で言うと、フューチャー・エコノミック・ベネフィッツと言うのですけれども、有り体に言うと、将来のキャッシュ・インフロー、現金が実際に入ってくるような働きがあるものを、資産として認めていこうということであります。
ところが、公的部門におきまして、皆さんも容易に想像がつくと思うんですけれども、ここの前を通っています例えば国道ですとか、あるいは港の堤防ですとか、あるいは河川の堤防もありますけれども、そういったものというのは世の中に役に立っているのは誰しも認めるところでもありますし、実際、手で触ることのできる資産らしきものなんですけれども、キャッシュを生むのかという観点からすれば、当然のことながらみんなタダで使えるものですので、先ほど言いました企業会計上の資産の定義に合致しません。だけれども、どう見てもこれは資産だろうと。他の経済主体、政府以外の誰かしらがそれによって便益を被る、例えば高速道路を無料化することによって、無料ではあるけれども、他の経済主体を使う人たちがキャッシュ・インフローを増やすことができるんじゃないかと。
こういった考え方をサービス提供能力という言い方をします。将来の経済的便益のみならず、またサービス提供能力のあるものを資産と定義しましょうといった議論があったりしまして、今言ったのはあまり議論が割れた部分ではないんですけれども、そもそも公会計といった場合に、通常の会計上の概念と必ずしも一致しないところが多々あるというところから、まずその概念をきちんと定義しましょうという議論があったわけです。
これは、1年半以上にわたって公認会計士協会におきまして、世界に先駆けて議論が進んでいったものでありまして、国際会計士連名(インターナショナル・フェデレーション・オブ・アカウンタンツ)というのがありまして、IFACというふうに我々は呼んでおりますけれども、そのIFACが概念フレームワークを作成しようというプロジェクトを始めましたのが2007年の話であります。まだ完成しておりません。日本の場合は、それに数年も先駆けて議論を初めて論点を明らかにしていったという意味で、会計の世界では珍しく世界的にも貢献がなされている分野であります。
それに続きまして、同じく2003年6月に公会計に関する基本的考え方、これは財務省の財政制度等審議会におきまして作成、公表された文書であります。基本的考え方等あるんですけれども、これについては会計基準というものが、ここに記されているわけではありません。むしろ公会計の目的とは何ですか、どういった人が使うんですか、そういった議論がなされた文書であります。後ほど公会計の目的というところで、その辺の議論についても簡単に触れますけれども、おそらく会計に限らず、あらゆる学問分野、あるいは制度において大事だと思われるのが目的の設定です。まず目的を設定することによって、目的というのは一体どういう財務情報を作成し、開示する必要があるのか。その目的は何なのか。それに応じた財務情報って一体どういうものなのか。それが明らかにならない限り、勘定体系ですとか、あるいは先ほど言いました資産の概念ですとか、こういったものが決まってきません。そういう意味で、まず目的を設定する。それに従ってロジックを積み上げて勘定体系、あるいは財務諸表体系というものをつくり上げていく。その議論の出発点となる非常に重要なところであります。
その後、2004年以降、右下のほうにありますように省庁別財務書類というものが、財務省及び中央省庁において作成されるようになりました。ここに至って、ようやく貸借対照表ですとか、損益計算書に類するような財務書類というものが、とりあえず一応形としては作成開示されることになってきたということであります。
ただ、右上のほうにありますように、予算編成への活用というところについては、いまだ模索が続いているというのが現状であります。
2つ目の同じページの下のレジュメが、地方自治体向け公会計基準の整備ということを書いております。今までお話ししたのは、国の会計基準の整備ということだったのですが、では地方自治体向けはどうなんだということであります。若干、遅れたんですけれども、5年近く前、平成17年にようやく閣議決定をもちまして、行政改革の重要方針というのがございまして、その中で地方公共団体においても資産債務管理、そのために公会計制度をきちんと整備しましょうというものが打ち出されました。それから平成18年5月18日、これが総務省から公表された新地方公会計制度研究会報告書、標題が報告書ではありますけれども、中身は文字どおり会計基準であります。中身について、今日はそこまで詳しくご説明する時間はないんですけれども、後で簡単にその特徴等について触れます。
同じ年の6月2日に、ようやく行政改革推進法というものが成立いたしまして、これによって自治体向けの会計基準としては、法的な根拠が与えられたということであります。その後に、平成18年8月31日というのがありますけれども、総務事務次官通知というのがございまして、これによって全国の地方公共団体は平成20年度決算ですので、既に昨年、大体のところが出ている決算から貸借対照表、あるいはその他の財務諸表を作成し、開示するということを求められているというのが現状でございます。
次のページをめくっていただきたいのですが、ここに新地方公会計制度研究会報告書要約版基準モデルというのがあるのですが、これはちょっと話が細かいので前後しますけれども、後半の実践編のところで説明をいたします。この3つ目、4つ目のスライドについては、後ほど説明をいたします。
2.公会計の目的
次に、レジュメにあります2番目の公会計の目的について、先に説明していきます。このレジュメでいきますと、5枚目のスライドのところをご覧いただきたいのですけれども、ここからが公会計の目的に関する議論を簡単にまとめたものであります。皆さん、商学部とか会計というものを勉強する機会がある方を除いて、なかなか複式簿記とかに触れる機会がないかと思います。
しかし、複式簿記の考え方というのは、もともとは14世紀の地中海貿易が盛んなころ、ベネチアですとか、その辺の地中海の都市国家が栄えたころから、その貿易においてお金持ちの人がお金を出し合って船を買って、それを貿易に使った上で、当時は船も沈没するですとか、いろんなリスクがあったわけですけれども、船長さんがそのリスクを引き受けて実際の貿易を行って、その貿易による利益を後でみんなで配分するといった、今で言う株式会社の原型のような形で貿易が行われていたというふうに言われております。それに伴って複式簿記の形も形成されていきました。
ここに5枚目のスライドの標題で、「組織における意思決定の2つのレベル」ということが書いてございます。あらゆる組織において、2つの意思決定レベルがあるというふうに言われております。右側にありますのがガバナンスレベル、左側にありますのがマネジメントレベルというふうに称されたりもします。株式会社を例に取るとわかりやすいと思いますので、そこの下に書いていますように、右側がガバナンスレベルに対応しますのが株主、要はその組織の実質的な所有者であります。左側にあるマネジメントレベルに対応するのが、株主から預かった資金なり、その他のものを運用したり使ったり、それによって組織の活動を実際に経営する立場にある経営者であります。
ここに、ガバナンスレベルとマネジメントレベルの間に矢印が引いてあります。出資というふうに書いてあります。組織に対してお金を拠出する。そのお金を経営者の側は、昔であれば1回の貿易の航海に出かけていって取引を行ってくる。今であれば1会計年度にわたって経営者の方が一生懸命経営を行って利益を出す、あるいは損失を出してしまう。そういった活動を行うわけです。この利益が出た、あるいは損失が出たという決算の会計報告を組織の所有者に対して行う。こういった一連のサイクルがあるわけです。これがいわゆるアカウンタビリティーというものにつながってきます。
下のほうに「公会計における2つのアプローチ」というのがございます。そこに2つの箱があるわけですけれども、アカウンタビリティーという言葉が書いてあります。このアカウンタビリティーというのは、日本語にするとなかなか難しい概念なんですけれども、意訳すると受託者責任の明確化ということが言えようかと思います。先ほど言いましたように、お金を出す人、その組織の所有者とお金を預かってそれを運用する人、マネジメントの立場にある人なわけですけれども、そのマネジメントの立場にある人は、お金を受け取った瞬間に受託者責任というものが科せられるわけです。人のお金を預かったということで受託するということですね。
その受託者責任を明らかにするという、一連のプロセスのことがアカウンタビリティーという概念であります。会計のことをアカウンティングというふうに英語では言いますけれども、これと非常に関係がある言葉であります。単なる情報公開とか、透明性のことを思ってアカウンタビリティーというふうに使われる場合もありますけれども、それはさすがにちょっと言い過ぎでありまして、責任を明らかにするということがアカウンタビリティーというものの本質であります。
ここには、あともう一つ、ガバナンスという言葉も入っておりますけれども、ちょっとレジュメが前後して申し訳ないんですけれども、スライド番号の9番と10番でもう少しこの目的について説明したいと思います。まず、パブリック・アカウンタビリティー、今ほど組織におけるガバナンスレベル、そしてマネジメントレベルという観点から、アカウンタビリティーというものが受託者責任の明確化だというふうにご説明いたしました。ここから、じゃあ公会計で言うところのアカウンタビリティーとは一体何なのか。パブリック・アカウンタビリティーと称したりしますけれども、これは政府の受託者責任の明確化ということであります。
この9番目のスライドに図がありますけれども、まず委託者と想定されますのが、実際にお金を出します納税者であります。税金という形で政府に対して信託がなされます。政府は、受託者としての責任、すなわち受託者責任を負います。そのお金を運用処分、予算編成をしたり予算を執行したりして遂行するわけですけれども、その受託者責任を負う相手は一体誰なのかと言うと、受益者というものが書いてあります。こちらに現在及び将来は国民という形で書いておりますけれども、納税者より広く受益者の方々に対して、この受託者責任を政府は負っているという考え方をするわけです。
ここでちょっと憲法の文言について簡単に触れておきますと、ここであえて信託という言葉を使ったのは、まず憲法がどういう言葉の使い方をしているかというのを簡単に説明いたします。憲法前文の第2文で、ちょっと読み上げますが、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その複利は国民がこれを享受する」、こういう言い方をしております。要は、日本国憲法というのは、もともとの考え方というのはジョン・ロックの『市民政府論』という信託説というものに基づいて形成されております。これは、アメリカ憲法の流れをくんだものでもありまして、ほぼ似たような文章がアメリカの独立宣言の中にもございます。ここにある重要な概念が信託という言葉なんですね。「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」というふうにあります。国民が、その自分の固有権であります生命、財産、自由というものを政府に託すということであります。逆に言うと、政府は国民から生命、財産、自由が預かるがゆえに、受託者としての非常に重い責任を負うということであります。
ここで大事なのは、信託の考え方ですので、お金を出した人だけが受益権を持つというわけではないということです。信託の場合は、通常の遺言による信託ですとか、その他もろもろございますけれども、委託者が受益者というものを指名することが可能なんですね。例えば、まだこの世に存在しない人であったとしても、これから生まれるであろう自分の孫に対して、遺産を相続させるというような信託を行うことも可能です。
それと同じように、憲法の文言からしますと、憲法11条に「現在及び将来の国民」という言葉があります。ここではどういう言い方をしているかと言いますと、11条の第2文ですけれども、「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」。これは、憲法学上、さらっと読まれているところではあるんですが、ちょっと皆さん、立ち止まって考えてみていただきたいと思います。要は、「この憲法が国民に保障する基本的人権は」、ちょっと抜きますけれども、「現在及び将来の国民に与えられる」、普通のロジックからすると、ちょっと何かおかしいと思いませんか。「将来の国民」というのは、これはまだ生まれていない人も含んでおります。子供であればもちろん人権があるというのはわかるんですけれども、これから生まれてくるであろう日本国民に、普通の法律上の考え方をしますと、民法上の権利能力がないわけですね。
そういった人に基本的人権を与えると、どうしてそういう言い方ができるのか、すごく不思議に思うところなんですが、ただ先ほど言いましたように信託というのは、まだ存在しない人に対しても受益権という権利を与えることができるんですね。これは、日本国憲法の信託説のロジックするからすると当たり前のことなんですけれども、より広く現在及び将来の国民が基本的人権を享有することができるというような解釈が、信託説によって可能となるわけです。ですので通常、信託受益権と言われますけれども、これを憲法上の文言にしますと、ここに書いてありますが、基本的人権というのは政府に対して受益を求めることの権利だと。基本的人権を侵すなというふうに政府に言うことのできる権利だということができます。
もう一つ、この信託説の重要な既決の一つが、この信託受益権というものは株式とほとんど同じような権利と解釈されるんですね。何かと言うと、組織に対する実質的な所有権であります。信託の仕組みと株式会社の仕組みというのは、ほぼイコールであります。信託受益権というのは単なる民法上の債権ではなくて、所有権だというふうな考え方が取られるんですね。ここには公平法上の物件というふうに書いてありますけれども、要はエクイティという、コモンローに対する救済法の分野が英米法にはありまして、その公平法上の物件として信託受益権が解釈されているという意味で、この憲法学上で言うとすれば主権です。主権者は、この現在及び将来の国民であるということが解釈されてくると。ですので、実は基本的人権というものと国民主権というものは、政府に対する信託受益権というものの両面と言いますか、こっちから切ったら基本的人権でもあるし、別の方向から切れば国民主権であるということであります。
実際、アメリカの憲法が制定されたときに解説書として出されておりますフェデラリストというのがあるんですけれども、憲法起草者による憲法の解説書のようなものですけれども、その第84編というところで非常におもしろいくだりがありまして、ちょっと蛇足でありますが紹介しますと、アメリカの憲法というのは最初、いわゆる統治機構の文しかなかったんですね。大統領、議会、そして裁判所というものしかなかった。今、日本国憲法にありますような人権の規定というのがなかったわけです。
その人権規定をなぜ入れなかったのかという理論的な説明のために、そのフェデラリストの84編というのは論を進めているんですけれども、まさにここで言った話と一緒です。要は、国民主権ということを統治機構の部分において定めたのであるから、基本的人権というものをわざわざ定める必要はない、同じようなものだと。むしろ基本的人権を定める権利章典というものを憲法が含むということは、逆に言うと国民主権を否定すると言いますか、あるいは基本的人権というものを国家から与えられたものだというふうな別の誤った解釈を招きかねないので、権利章典は憲法に要らないというふうなロジックを述べているわけです。
その後、3~4年後ですけれども、修正第1条から修正第10条という形で憲法の改正がアメリカの場合になされておりまして、そこで権利章典というものが修正条項として加わってきております。そういった意味で、ロジックを突き詰めていくと、国民主権というものと基本的人権というものは、同じものだというふうな解釈が成り立っているわけであります。
何でここまで詳しくアカウンタビリティーというものについて説明したのか、憲法について説明したのかと言うと、まさにこのアカウンタビリティーこそが会計、あるいは特に公会計において最も重要な概念であるからであります。
まず、公会計の第一の目的というのは、このパブリック・アカウンタビリティー、政府の受託者責任の明確化にあるということであります。今現在の話に置き換えて言いますと、今、国会で平成22年度予算案が審議されているところでありますけれども、これらはまさに政府が国民から信託を受けた財産をどのように使うのか。そのような予算案を審議しているわけであります。特に、このアカウンタビリティーというのは使った後に、国民に、こうこうこういうことに使いました、皆さんから預かった税金というものをこう使いました、皆さんの生活はこうなりましたねということをきちんと説明できるか否かということであります。説明が仮につかないということになりますと、これは先ほど言いました信託説の帰結なんですけれども、ジョン・ロックの言うところの抵抗権、革命権というものにつながっていきます。要は、その決算を国民に対して政府が説明する。ドイツ憲法では、国民の代表である議会に対して説明するというふうに規定があるんですけれども、これは受託者責任を解除してもらうために決算を国民に対して報告するという言い方をしております。
実際に、国民ないしは国民の代表である国会が、その決算を了承するということになりますと、その1年間の政府の受託者責任はめでたく解除されるということなんですが、仮に、じゃあ受託者責任が解除されない場合、どうなるかということであります。これは、内閣不信任決議と同じような意味合いがありまして、政府は首になるというのがジョン・ロックの抵抗権あるいは信託説の帰結であります。
ですから、皆さんももう既に社会人になっている方もいらっしゃると思うんですけれども、どこにでもいるんですが、おれが責任を取るからおまえは自由にやれという立派な上司がいたりするんですが、責任を取るというのは、うまくいかなかったときに首になるということです。そこまできちんと覚悟を持った上司がいるかと言うと、なかなかお見かけしたことはないんですけれども、受託者責任の明確化、アカウンタビリティーというのは、それほど非常に厳しい概念だということをご理解いただければと思います。
もう一つ、通常の企業会計あるいは公会計におきましても、このアカウンタビリティーが非常に大事だということは先ほど申したとおりですけれども、実は公会計におきましては、このアカウンタビリティーに加えて、次の10番目のスライドにありますパブリック・ガバナンスというものを目的として追加するか否かというのが、大きな議論の対象となっております。じゃあ、なぜそれが大変なことになっているかと言うと、まずこのパブリック・ガバナンスの概念とは一体何なのかということについて見ていきたいと思います。
日本語に意訳すると、政府の代表権限の規律付け、代表権限と言いますか、政府の意思決定を縛るという仕組みがあるかないかということなんですけれども、先ほどパブリック・アカウンタビリティーのときに簡単に言いましたけれども、アカウンタビリティーというのは、あくまでも国民から預かったものをこう使いましたよという報告の話なんですね。ところが実際に、国の行政に携わった方、あるいは何かしら関係のあった方だとおわかりだと思うんですけれども、国の場合、あるいは地方自治体の場合、決算というのはそれほど重要視されていないわけですね。むしろ、その決算に至る前の、そもそもどこに資源配分するのかといった意思決定である予算というものが、非常に重要であるということであります。
この予算編成なりの、そもそも意思決定をどう規律するのか、国民の利益に反しないような意思決定をさせるのか、その仕組みについて簡単に説明しますと、上と似たような図が書いてありますけれども、微妙に違います。右側にありますのが主権者、現在及び将来の国民ということであります。政府という国会及び内閣というのが国民の代表としてあるわけですね。ここでもって、まず権力性の付与が成されているという言い方をいたします。政府は、国民の代表ですので、代表というのは代理と法的にはほとんど同じ概念ですけれども、国民にかわって主権を国会及び内閣が行使する。立法権あるいは行政権というものを、国会あるいは内閣が行使していくと。それが憲法上の用語ですと立法行為ですとか、行政行為ということになっていくわけです。
代表概念ですので代理と同じく、この立法行為あるいは行政行為の法律効果というものが本人である主権者に帰属するのか否か、そのために必要な要件というのが③で書いています正当性の確保ということであります。簡単に言いますと、政府というものが、これは政治学の議論にもなってくるんですけれども、国民の利益を損なわない正当な政府だということを言えるためには2つ要件が要ります。まず権力性、民主主義の世の中であれば多数を取るということになります。しかし、多数を取ったからといって、その政府が行うことがすべて正しいとは限りません。正しいということについては、後ほどもうちょっと詳しく説明しますけれども、とりあえずは最大多数の最大幸福ということだと思ってください。より多くの人にとって、より利益になることでなければ正しいとは言えない。少数者であっても利益が著しく侵害される場合には、そんなものは認められないという考え方であります。
ピーター・ドラッカーという経営学者の人が1939年に『「経済人」の終わり』という処女作を著したんですけれども、これはあえてぜひ紹介しておきたいんですが、ナチスドイツの政治学的分析をした本なんですね。その中で、ドラッカーがいみじくも述べている箇所がありまして、ナチスドイツの最も本質的な部分というのは、権力は自らを正当化するというスローガンであると。要は、ヒトラーというのはワイマール憲法のもと、民主的な選挙という手続を経て多数を取った。だからヒトラー及びナチスのやることは正しいというロジックにのっとったわけですね。これに対して、ドラッカーは大変激しく批判をするわけですけれども、西洋の哲学、西洋の歴史にかんがみて、やはり政治学上大事なのは権力性とともに正当性をいかに確保するのか。権力があるだけじゃなしに権力者が行うことが正しい。より多くの人により大きな利益になるということを行うのが、政治にとって最も求められることなんだという伝統の中で、帝政ローマ、共和制ローマ、あるいはヨーロッパの歴史というのが刻まれて来たんですけれども、それを完全にひっくり返すような暴挙だというふうな批判をしておるところであります。
これは、こういう授業ですので、あえて今の日本の政治状況についてどうこう言うつもりはありませんけれども、多数を取った、だからこそ自分のやることが正しいという論調が、ここのところ見えることもあります。ぜひ皆さん、ナチスというのは決して古い話でも何でもなくて、日本に起こるはずがないと思うのではなくして、こういった政治とは何なのか、国民主権とは何なのかというところで必ず多数による民主主義の場合には、何度も何度も顔を出してくる話であります。多数を取ったから、その人がやることがすべて正しいというわけでは、もちろんありません。少数であったとしても、その利益が著しく損ねられる。特に、公会計の分野で皆さんにぜひとも訴えたいのは、まだ生まれていない人たち、彼らは少数者にすらなれていないんですね。これから生まれてくる日本国民の声なき声を、どのように政治的な意思決定に反映させていくのか。それを数字でどうあらわすのか。それが公会計の非常に重要な目的の1つであるというふうにご理解いただけたらありがたいと思います。
今言ったように、この目的のところで2つ挙げました。1つ目がアカウンタビリティー、2つ目がガバナンス、代表権限を規律するための仕組み、権力性のみならず正当性をどう確保するのか。その仕組みが日本国憲法であり、また公会計制度であるということであります。
次のページをぜひ見ていただきたいんですが、スライドの番号で言うと11番目、今言いました政府の意思決定の正当性を確保するための3段階の仕組みがあります。第1段階が多数決ルールというものであります。これは、マジョリティールールというか、多数者の支配というふうに訳されますけれども、多数決をやってみて多数の人が賛成したものというのは、大概が皆の利益になるだろうと。少数者の利益というのは、皆が同じだけの利益を持っているとすれば、それは社会から見れば最大多数の最大幸福というのが、普通に考えれば満たされているだろうというふうに考えるわけです。憲法56条2項、これは国会の議決の話なんですけれども、「出席議員の過半数でこれを決し」というふうにあるんですけれども、まず第一段階で正当性を確保しようというときには多数決を行います。それが民主主義の1つのあり方なんですね。
ただ、先ほども言いましたように多数決だから正しいというわけではないということを、皆さんもこれまでの経験上よくおわかりだと思うんですが、憲法はそれに対する手当てをしております。少数者の保護を行っていくと。要は、多数決で法律が決まったとしても、それを反対した少数者の利益が著しく損なわれる場合、マイナスの利益というか、損害が発生した場合には、最大多数ということは言えても最大幸福とは言えなくなりますよね。そういうときには多数決で決めた法律であったとしても、憲法81条によって違憲無効という宣言が最高裁判所によってなされると。これによって、多数ではあるんだけれども、正当性、その意思決定の正しさというものが確保されていくであろうという仕組みですね。これは非常に重要な正当性確保のための意思決定の仕組み、意思決定の仕組みのガバナンスであります。
通常の憲法学の講義であれば、ここの第2段階で終わります。公会計は第3段階ということを考えます。それは、先ほども言いましたように最大多数というところの人の数に、まだ生まれていない将来の日本国民の人たちを入れるんですね。公会計制度によって、例えば今現在議論されております平成22年度予算案の中では、非常の規模の大きい子供手当ですとか、あるいは高校の無償化とか、そういうのがございます。あまり言うべきじゃないかもしれないですけれども、僕個人の考えでは、こういった学生寮とか奨学金とかをやったほうが、高校の一律の無償化よりも、本当に勉強をしたい人にとっては重要なんじゃないかなと。お金の使い方をしてどうなのかと思うところもあるんです。あるいは子供手当にしてもそうです。結局は財源が見つからないと言って、子供たちにその負担を先送りする。
こういった意思決定が今の政府によってなされようとしているわけですけれども、将来の我々のこれから生まれてくるであろう日本国民の子供たちというのは、意思決定に参加できないんですね。しかし、その人たちの利益をどう守るのか。そのためには、例えば平成22年度予算案が、このまま可決成立して1年間執行されたとしましょう。平成22年度末に国のバランスシートがこうなります、あるいはその他の財務諸表がこういう形になります、こういう数字になります、これをシミュレーションとして見せることによって、さすがにこれはやってはいけないだろうというような自己規制を、現役世代の人たちに持ってもらう。これはボンディングと言うんですが、自己規制ということです。数字を、あるいは情報を開示することによって意思決定を縛る仕組みとしての公会計制度、これが先ほど申しましたパブリック・ガバナンスの考え方であります。
公会計の制度の目的として、このパブリック・ガバナンスをパブリック・アカウンタビリティーに加えて位置付けるか否かというところで、会計制度、特に勘定体系ですとか、その他もろもろが大きく変わってきます。そこについては後半、説明していきたいと思っておりますけれども、ぜひこの理論編と言いますか、前編の講義で皆様方に理解していただきたいと思いますのは、この公会計の目的としてアカウンタビリティー、受託者責任の明確化というものと、これは非常に基本的なものでこれに反対する人はおりません。これに加えて、ガバナンスの目的、意思決定を縛る、意思決定を規律する目的を公会計制度の目的として含むか否かということが、非常に大きな論点となっているということであります。
ちなみに、学説の状況あるいは実務の状況を簡単に最後に述べておきますと、日本国内におきましては決算だけでいいんじゃないか。要は、アカウンタビリティーだけでいいんじゃないかという議論も、いまだにまだ根強くあります。特に、これには2つ要因がありまして、1つは通常の会計学者の方々というのは、これまで企業会計を主に専門とされてきた方々ですので、企業の場合は予算のシミュレーションとかと言いますと、これはもう経営論になってしまうんですね。会計学からちょっとかい離した話になってしまいますので、それは予算管理というのは、決算とはまた違うものだろうという常識の枠というものがどうしてもあるんですね。
もう一つは、これはもちろん政治的な思惑というのも絡んでくるんですけれども、あえて私も古巣の大蔵省、今の財務省のことを悪く言うつもりもないんですが、やはり財務省の最大の権限の源って何かと言うと、予算編成権限なんですね。予算編成について、あれこれ情報開示した上で、それはおかしいだろうとかいうふうにもちろん言われたくないわけです。そういう意味で言えば、公会計制度というのは既に執行の終わった決算について、企業会計と同じような基準で情報開示しましたということでいいじゃないかと。そうすると、最近よく言われるような情報公開ですとか、透明性というのも資するし、自分たちも権限を失わずに済むし、いいんじゃないかというふうな議論が一方ではあるんですね。この2つが相まって、先ほど冒頭に述べましたように予算編成上の公会計制度、あるいは公会計情報の活用というのは、今のところほとんど進んでいないというのが現状であります。
しかし、国際的な部分に目を転じますと、先ほど簡単に動向を説明しました国際会計士連盟、IFACというところの概念フレームワークの議論の中で、今現在、公会計の目的というものについて議論がなされているところであります。2008年に出たドラフトですけれども、この中ではアカウンタビリティーに加えて資源配分に関する意思決定、あるいは社会的、政治的な意思決定に資するような情報を作成するというような文言が入っております。そういった意味で言えば、日本の公会計概念フレームワークというのは、このアカウンタビリティープラスガバナンス、意思決定の規律付けということを目的として明確に2つ提示していたわけですけれども、先行して議論をしていた甲斐があったかどうか、そこはよくわかりませんが、国際的な議論の動向としてもアカウンタビリティーだけでよいということにはなっていないと。おそらくは、ガバナンスという目的も含めて、どういった公会計のあるべき体系があるのか。こういった議論が、これからなされていくだろうというふうに期待されているところであります。
とりあえず前半、このくらいでよろしいでしょうか。ちょっとキリがいいので、ここでいったん終わりにしておきます。ありがとうございます。
後編(前編より続く)
では、後半を始めます。思いのほか、公会計の目的というところで時間を食ってしまいまして、まだほんの上の2項目しか進んでいないんですけれども、簡単に後半の最初に3番目の民主主義ということで、若干憲法の条文に先ほども触れましたけれども、まだ触れていないところについて簡単に触れたいと思います。
それから、4番目に財政の3機能ということについて触れまして、さらに5番目に公会計に必要な勘定体系ということもご説明申し上げたいと思います。そこからようやく実践編ということなんですけれども、最初に実際の数字もちょっと見たほうがイメージがわくかと思いますので、日銀のバランスシートですとか、あるいは政府のバランスシートなりで、大体どのぐらいの規模の数字があるのか、こういったものを見ていきたいと思います。
それから、ここに6番目としてあります地方公共団体向けの会計基準、これは話が細かいので、どこまでご説明できるかわからないのですけれども、冒頭のところで最初省略して飛ばしていったところについては、簡単に説明したいと思っております。最後に、7番目としまして、予算編制過程の改革ということについて説明をしたいというふうに思っております。
3.民主主義
では早速、後半を始めたいと思います。3番目の民主主義ということですけれども、先ほど憲法の前文ですとか、憲法11条の現在及び将来の国民ということについて信託説の考え方から説明をいたしました。先ほど、最後ら辺で説明をしましたスライド番号で言いますと11番、民主的意思決定における3段階構造というところで、多数決ルール、そして少数者の保護、3番目としまして公会計制度に基づく政府の意思決定の規律付け、自己規制、ボンディングということについてご説明いたしました。憲法では、財政制度というのは第7章として83条から91条にかけて条文が並んでおります。この条文自体は、憲法上の83条、84条等々、非常に原則的なことが書いてあるくらいでして、よほど先ほど言いました理論的な部分で、何をどう解釈すべきかという争いがあるところはあまりありません。
むしろ実務上は、89条、これはいわゆる政教分離に関するところでもあるんですけれども、慈善教育、もしくは博愛の事業に対して補助金なり、こういったものを出してはいけませんよという条文があるのですが、こういうことを言い出すと、まさにこの学生寮ですとか、あるいは私学に対して国からの補助を禁ずるということになるので、そもそもこれはどうなんだと。一方で、宗教法人に対する課税というのが、宗教活動については成されないということにもなっているんですけれども、これは宗教上の組織に対して政教分離の立場からいって、課税しないということは、むしろ便益を与えていることになるんじゃないかというような解釈もあったりします。この辺は、公会計と直接関係する論点ではないので、指摘するだけにとどめますけれども、そういったところがございます。
むしろ、公会計の観点からしますと、実は非常におもしろい条文がありまして、97条というのがあります。この辺になると、第10章、最高法規というところで、憲法学の授業でもほとんど触れられないところなんですが、97条をちょっと簡単に読み上げます。「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し」、ここからが大事なんです。「侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」という文言になっているのですね。
ここでぜひ皆さんには違和感を持ってもらいたいのですが、信託という言葉が憲法で出てくるのは、さっき言いました前文と、ここの2カ所なんですけれども、ロジックがどうなのかというところに、ぜひ皆さん違和感を持っていただきたいのです。なぜならば、主語述語だけ言いますと、「基本的人権は」云々かんぬん、「現在及び将来の国民に対し信託されたものである」、何かおかしくないですか。本当であれば、与えられたものと言わなければいけないところですよね。さっき言いましたように、信託説というのは政府が受託するんです。国民は、むしろ信託する側であって、基本的人権も含め生命、財産、自由というものを政府に信託して、それを受託するのが政府の側なのに、この条文では「永久の権利として現在及び将来の国民に対し信託されたもの」何かおかしいよねと。素直に日本語として読むと、国民が受託者なのというふうな感じがするのです。これは、ほとんど最高裁の判例とかで憲法上問題のあるような箇所ではないので、全然触れられてもいないんですが、また憲法学上も、ほとんどこの辺は素通りされるところなんですけれども、誰が受託するのか、誰が信託するのかという意味で、公会計の観点から見過ごすわけにいかないんですね。
おかしいなと思って、実は日本国憲法というのは交付と同じ日に、当時は英文官報というのがありまして、今日本語の官報しかもちろんないのですけれども、当時は占領下にあったものですから、英訳なのか英文を和訳したのか、それはどちらかわからないのですけれども、定訳があるんです。それを見ると、英語なので端折って言いますと、基本的人権のことを英語では「The fundamental human rights」と言うのですけれども、云々かんぬんというのは、「are conferred upon this and future generations in trust」という言い方をしているんですね。これは直訳すると「基本的人権は、信託関係において現在及び将来の国民に対して与えられた」というふうに訳すのが直訳なんですが、in trustというふうに最後にくっついているのですけれども、これは信託関係においてということなんですね。これを与えられたのを信託されたというふうに、たぶん誤って和訳してしまったのだと、これは私の勝手な解釈ですけれども、思っております。
憲法学では、先ほど言いましたようにほとんど論点にされていないところなので、この憲法の文言が誤訳とかという説がほかには見たことはないのですけれども、ただロジックからすると、やはり私はおかしいと思っております。誰が信託するのか、誰が受託するのかという基本的な日本国憲法のロジックからすると、国民が受託するはずがないんですね。むしろ憲法というのは、国民に対して政府が何かしてくるのをだめだと言うための大事な法じゃないですか。それなのに国民が受託者責任を負うかのごとき書き方になっているというのは、明らかにこれは誤訳だろうと。今後、憲法改正が成されていくのであれば、せめて誤訳はやめましょうよということは言っていきたいなと思っております。これは蛇足でありますけれども、日本国憲法にはそういう条文もあるということであります。
4.財政の3機能
次に、ようやく民主主義のところが終わりまして、4番目の財政の3機能というところについてご説明いたします。スライドの番号でいきますと16番を見ていただきたいのですが、この辺になってきますと財政学の中での議論になってくるんですけれども、財政には3つの主要な機能があるというふうに言われております。別に3つでなくても幾つでもいいのですけれども、非常に定評のある学説として、このマスグレイブという方の財政の3機能というものが誰もこれをおかしいとか言ったりはしない、定説となっているということであります。
1つ目が資源配分、2つ目が所得再分配、3つ目が経済安定化、簡単に言いますと資源配分というのは、政府資質をどこに予算でもって配分していくのかということが当たり前の話でありますけれども、一番大事な機能であろうということであります。
それから、2番目の所得再分配、これは最近、成長戦略云々ということで新聞やマスメディアにも言われたりしているんですけれども、所得が誰か余程お金を稼いだ人がいたら、困っている人に生活保護なり、その他でもって再分配していきましょうというものなんですね。実際、本当はこの所得再分配というのは、まず誰かに所得がなければいけないんですね。所得を生み出すものは、企業ですとか実際に成長を行っていく主体、これをなくして企業をいじめて税金をお金持ちから取って、それを配るというだけでは当然のことながら資本を食いつぶすだけです。2番目にだけ焦点を当てるとすれば、国の経済は発展しないということであります。
3つ目が経済安定化、あるいは景気調整というふうな言い方をされたりするんですけれども、これは不況のときに公共事業を行うなどして、いわゆる需給ギャップを埋めるという言い方をしますけれども、不況でお金が回らないのであれば国が国債を発行してお金を調達してきて、それでもって公共事業を行うなりしてお金をばらまくと言ったら失礼ですけれども、何かを行うと。逆に言いますと、景気がよ過ぎてインフレになりそうだというときには、財政を引き締めて世の中からお金を財政が吸収していくというふうなやり方を言ったりします。
何でこんなことを会計と財政という、似ても似つかぬというか、お金という意味で言えば関係がありそうだけれども、どう関係するのという気もするかもしれないんですが、これは大ありです。実は次のページをめくっていただいて、細かいことまで説明する時間が今日はないんですけれども、今言いました資源配分、所得再分配あるいは景気調整、経済安定化というところを、会計上の取引あるいは会計事象として考えた場合、会計は複式簿記であらゆる取引、あるいは会計事象というものを複式で記録していくわけですね。貸方、借方という両方に勘定科目と金額を並べて記録していくわけですけれども、じゃあ今言った政府部門が行う資源配分の取引、あるいは所得再分配の取引、あるいは経済安定化の取引というのは、一体どんな性質のものなんでしょうか。若干の例外はありますけれども、この3つの取引はすべて損益取引ではないんですね。むしろ資本取引といいますか、損益外取引という言い方をしますけれども、そのような性質の取引だというふうに整理されるんですね。
5.公会計に必要な勘定体系
何が言いたいかと言うと、通常の今、既に確立している企業会計の勘定科目体系というものは何なのかと言うと、ちょっと皆さん、会計のことを知らない方もいらっしゃるかもしれませんが、ここはホワイトボードに簡単に説明を書きますけれども、通常の複式簿記で会計処理をしていくのは2つ大きな勘定のかたまりがあります。1つがバランスシートと言いますか、残高勘定という言い方をするんですけれども、資産、負債、純資産ですね。それと損益計算書、収益、費用、よろしいでしょうか。すべての勘定科目は、企業会計上、ロジックとして、この5つに振り分けられるということになっているんです。必ずここに差額が出ていますね。収益というのは売り上げです。費用というのは、売り上げを得るためにコストとして幾らかかったのかという、人件費とか原価の話なんですけれども、この分が利益ですね。この場合は、収益のほうが費用より多いということで利益が出ました。利益が出たらどこに行くのか、ここに来るんですね。この純資産というのは、昔で言うところの資本の部というところなんですけれども、この差額は必ずここに来て、バランスシートというのは必ず、こっち側を貸方、こっちを借方と言います。貸借一致という言い方をするのですが、必ずPLのほうで差額が出たとしても、必ずここでもってこの差額がそのままここに来て、全部が貸借一致するというのが複式簿記の仕組みなわけです。
公会計の場合、このPLに収益とか費用に該当しないけれども、お金の動き、物の動きが結構ありますねということなんですね。それが実を言いますと、このスライドの番号の18番、ちょっと小さくて見えにくいかもしれないんですけれども、ここで言うところの③の部分、損益外純資産変動計算書、もう単純に純資産変動計算書というふうな呼ばれ方をするんですけれども、何かと言うと、ここはもうイメージでつかんでもらうのが早いと思います。日本語で言うときには損益計算書と言うんですが、プロフィット・アンド・ロス・ステートメントという言い方もしたりしますけれども、これは一体何なのかと言うと、利益を計算するための勘定なんですね。一体利益が幾ら出るんですか、黒字が幾らですか、赤字が幾らですかと。逆だったら赤字なわけですけれども、企業会計だと当たり前ですよね。利益が幾ら出るのか、赤字の事業ばかりを続けていてもしようがない。利益が出るような事業をなるべくやりましょうという、当たり前のことなんですけれども、企業活動を行っていく上で利益の測定というのは非常に重要なわけです。
考えてみてください。先ほど、所得再分配のところで言いましたけれども、例えば困った人に生活保護を出しましょうという政策がありますよね。あるいは、医療費とかも国から補助をしましょう、小学生以下であれば無料にしましょうとか、いろんな福祉なんかの所得再分配的なやり方がありますよね。あるいは、今の日本では戦争はありませんけれども、仮に赤字になったとしても戦争になったら軍隊を増強して戦わなければいけないということもあり得ますよね。何が言いたいかと言うと、政府のパフォーマンス、政府活動の善しあしを評価するのに赤字とか黒字だからということで、損益でもって利益の多い少ないで評価ができないということなんです。
企業活動の場合は、黒字が出る企業は、語弊があるかもしれませんけれども、社会的にもいい企業です。税金を払いますし、また利益を出さない企業は、むしろ社会に迷惑をかけると。別の言い方をすると、利益を出せる企業というのは、社会に有用なものを供給するからこそ利益を十分に出すことができる。こういう言い方ができるんですね。ところが、政府活動というのは損益計算書の中で、仮に赤字だからと言って、じゃあ悪い政府なのか、じゃあ黒字にしようと言って税金をいっぱい取って黒字が出ましたといっていい政府なのか。そんなわけないですよね。
ですので、この損益計算書なり損益勘定というところでもって、政府のパフォーマンスは測定できない。じゃあどうするんだというときに、この③の処分蓄積勘定、あるいは損益外純資産変動計算書、単純に純資産変動計算書という言い方をしますけれども、これが公会計においては、むしろ重要な勘定であるというふうに言われておるところであります。
このスライド番号18番で言いますと、①のところが、これがキャッシュフロー計算書に相当する資金収支計算書というものなんですけれども、実は企業会計の体系というのは、この②のところ、通常はバランスシートプラス損益計算書、この2つで完結しているのですけれども、公会計の場合は①、②、③、全部要りますよということなんですね。特に③が大事であるということであります。これでやっと財政の3機能のところと話がつながってくるのですけれども、財政の3機能で財政にとって非常に重要な3つの機能と言われるところは、②の損益勘定では処理されません。ほぼ全部が③の純資産変動計算書において、処理及び財務情報がここに載ってくるという取引なんですね。それは性質上、もうしようがないと。先ほど言いましたように、赤字、黒字の話ではなくて、そもそもどこにどういう意思決定をしたんですか。
ここで、ちょっと字が小さくて恐縮なんですけれども、③の右側に財源というのと資産形成充当財源というのがあります。これは、純資産の部のいわゆる資本の内部構成というものなんですけれども、財源というのは今で言うところの溜まりです。溜まりというのは埋蔵金です。これは今年、来年にでも使えますよというところなんですね。一方で、資産形成充当財源というのは、既に金融資産なり、あるいは固定資産に形の変わった資本を意味します。ですので、これがいいものなのか悪いものなのかというのは、実際に箱物とかをつくって、それが国民の役に立っているかどうか、そこまで見ないと、これが多いからいいとか悪いとか、なかなか言えないんですけれども、そういう性質の勘定科目なわけですね。
そういう意味で言えば、埋蔵金が多ければいいというわけでもないんですけれども、財源というのはすぐに使えるお金ですので、なるべくプラスであればあるほどよろしいと。その余剰があれば、例えば借金、あるいは国債も返還する余力が出てきますし、税収もそれに応じて増えていっていいですねという話になるんですが、評価が難しいのはこの資産形成充当財源という部分ですね。資本の内部構成なんですけれども、これは多ければいいという話でもなくて内容が問題だと。資本の部にあるのですけれども、その資本でもって一体どういう資産を買ったのか。その内容が問われるというような勘定体系であります。
この辺も、実は理論上は相当議論があるところであります。というのは、先ほど公会計の目的としましてアカウンタビリティ、政府の受託者責務の明確化というものとガバナンス、政府の意思決定をどう規律していくのか。予算編成においていい加減な意思決定を、どのようにして防ぐのか。この2つの目的があるというふうに言いましたけれども、仮にアカウンタビリティだけでいいんですよ、企業会計と全く同じで決算だけ見せればいいんですよというのであれば、ここで言うところの②だけでいいんですね。企業会計は、この②の決算だけでやっています。仮に、公会計の目的というのが、予算編成における意思決定の切り続け、将来世代の利益も考えて正しい意思決定と言えるのか。そこまで考えるのであれば、この③まで必要になってくると。
この③の中に、さっき言いましたように財源というのがありますよね。これが食いつぶされるということは、埋蔵金というか、すぐに使えるお金がなければ将来の人は困るわけですね。それから、ここに資産形成充当財源にしても、中身がぼろいものに使われているとすれば、本当は毀損しているということになりますし、これが将来にわたって皆の役に立つ資産を、これを財源として形成しているのであれば、それは将来世代にとっても将来負担が生じたとしても許せる範囲だと。
そういう意味で、この③という勘定科目を公会計にくっつけるか否かというのは、目的をどうとらえるかどうかによるんですね。ですから、さっきさらっと冒頭のあたりで言いましたけれども、公会計、おそらくあらゆる制度設計において必要なのは、まず目的をどう設定するのかということなんですね。目的を設定することによって、その目的を達成するために必要な財務情報とは一体何なのか。それがさっき言った財政の3機能であるとか、黒字、赤字じゃないですとか、正当性をどう評価するのか。そういったことになってきますし、それを実際に数字にするための勘定科目体系とは一体何なのかということになってくると、ここで言う③というものを付け加えていかないとだめですよということなわけです。
実は先ほど言いましたように、ここは目的をどうとらえるのかということによって違いが生じているところでありまして、今、国のほうで省庁別財務処理、あるいは国の財務処理というのを財務省が取りまとめてつくったりしているんですけれども、この③に相当する勘定科目は含まれています。ただし、不十分な科目しかありませんので、やや中途半端なんだけれども③が必要だということは、国の場合は、ある程度認識されつつあるというところであります。
一方で、じゃあ自治体向けはどうなんだということなんですが、自治体向けの基準モデルというものは、もう明確にこの③の勘定科目体系を導入しておりまして、自動仕分けを会計ソフトで行っていくですとか、もう実務段階までこの③を含んだ勘定科目体系が進んでいっておるという段階にあります。
ようやく実践編と言いますか、後半部分に入っていきたいと思います。ここでは実践編の最初に地方公共団体向け会計基準、基準モデルというのがあるんですが、その前に社会会計というものについて説明していきたいと思います。また、それに併せて実際の数字を簡単に述べたいと思います。本当は、こういうのをお手元に配付資料でお渡しすればよかったんですが、たぶん膨大な資料になりますので今回、付けることができなかったんです。これは最新なのか1年前なのかわからないのですけれども、平成18年度末の国の財務処理というものを財務省が取りまとめて、これはインターネット上でも開示されていますが、要は一般会計、特別会計を合算して、平成19年3月31日段階の日本国政府と言っても国だけで地方自治体は含みませんけれども、一体どのくらいの資産があって、どのくらいの負債があるのかという数字があります。
簡単に数字だけ言っておきますと、資産全部で703兆8,970億円、700兆円ぐらい資産があると思っていただければいいかと思います。このうち日本政府の特徴なんですけれども、結構金融資産が多いんですね。有価証券、特別会計でもって国債を買ったりとか、この間、独立行政法人が国債を持っていてけしからんみたいな話もニュースに出ていましたけれども、そういうタコが自分の足を食うみたいなことをやっていまして、有価証券というのが91兆1,940億円あるんですね。
それから、貸付金、基本的には財政投融資の関係ですけれども、これが217兆円、これが非常に大きいんですね。合わせますと300兆円を超える金融資産がありまして、よく言われるように日本政府というのは国債がこの年、651兆円の残高があるんですけれども、金融資産も300兆円を超えるぐらい持っているから、大したことないじゃないかという議論もあったりするんですが、既にこの金融資産があると言っても、負債の部で平成18年度末の段階で、全部の負債を合わせますと981兆2,390億円ありまして、大変な債務超過であることは間違いないという状況です。債務超過自体は、この財務省発表の資料ではマイナス277兆円の状態にあるということであります。
ただ、これは負債が先ほど981兆2,390億円というふうに言いましたけれども、これはいろいろ批判があるところがありまして、冒頭ちょっと触れました公的年金負債というものが十分に計上されていないんですね。見えない負債というものが実際には巨額なものがありまして、今の年金制度は破綻しているんじゃないかというような不安もあったりするわけですけれども、見えない負債が200~300兆円は確実にあるというふうに言われております。実際、ここでは公的年金預り金という科目名で144兆円負債に立っているんですけれども、これまで年金制度のもとで国が国民から集めてきた年金保険料を何十年にもわたって積み立ててきたんですね。
今、年間3兆円ずつぐらい食いつぶしているんですけれども、それがまだ144兆円ありますよということなんですが、今後、これを食いつぶす度合いが非常に早くなっていくということと、実際には今の公的年金制度の制度設計上、積み立てたお金を取り崩して払い戻せば済むかというと、そんな約束をしていないんですね。もうそれ以上にお金を出しますよということを、国は約束を法律でしてしまっております。その分が、おそらく200~300兆円はあるんじゃないかと。なかなか計算というのは簡単じゃないんですけれども、これは皆さん、例えば今、30歳だとして、40歳でもいいんですけれども、これまで年金保険料を払ってきました。それが積立金としてあるんですけれども、もちろんこれからも年金保険料を払ってもらうんですが、65歳以上になったらば幾ら幾らの年金をお支払いしますというふうに、法律で計算できるようになっているんですね。そこまで含めて計算するとすれば、200~300兆円分ぐらい、見えない負債が実際には生じているということであります。
ですから、目に見える負債だけで既に981兆円ですので、実際には負債は1,000兆円を超えているということであります。また、よく個人金融資産が1,400兆円あるので、日本国債は大丈夫だというふうに言われておりますけれども、これも非常に際どい状況までなってきておるということは言えようかと思います。皆さんもいろいろ投資とかされているので、ちょっと参考になることを言うと、国債がいつ日本国内で消化できなくなるかというのは、国内の貯蓄がどれだけ余裕があるかないかというところなんですね。これは、経常収支、貿易収支なりに如実にあられるように、恒等式であらわれるようになっていますので、日本の経常収支は今のところまだ黒字が続いていますけれども、一昨年ですか、去年ですか、一時的に経常赤字になったりしております。もちろん、それはリーマンショックとか、急に輸出ががくんと落ちたとか、そういう要因もあるんですけれども、仮に今後、経常収支の赤字が続く、あるいは生じてしまうということがあると、もうそれは経済構造と言いますか、日本国内での余剰が大分薄くなってきているということですので、その辺が日本国債の危機を見るタイミングかなというふうに思います。
それから、あとお手元のスライドのほうで言うと、すいません、これ小さくてほとんど見えなくてしようがないんですが、20番目のスライドに一国経済の循環、大体タイトルしか読めないようなスライドで申し訳ないんですけれども。これは何を書いているかと言うと、公会計というのは政府部門の財務情報ですけれども、政府以外の家計だとか会社だとか、日本国にあるすべての経済主体の経済循環なり、数字を1つの表にしてみましょうというものなんですね。国民経済計算と言って、社会会計と言うんですが、この複式簿記の表を使ってGDP、付加価値の測定とかをしていくわけです。
そうなってきますと、政府部門と言ってもいろいろありまして、じゃあ中央銀行って何なんだという話もあります。中央銀行は一国全体になりますともちろん入ってきていまして、今現在、日本銀行の総資産の金額というのは、大体124兆円ぐらいです。うち、資産として持っていますのが、国債が55兆円ですとか、銀行等に対する貸付金が32兆円ぐらいですとか、そんな感じのレベルなんですね。それから、日本銀行券の発行残高が負債として計上されているのですけれども、77兆円あります。それから、銀行からの準備預金というのが28兆円、政府預金は少なくて2兆円ぐらいになったりするんですけれども、こういった日本銀行とかも含めて、日本経済が一体どういう状態にあるのかというのを見ていくことができるわけです。
公会計の場合、重要なのは、この20番目のスライド、本当に字が小さくて見えにくくて申し訳ないんですけれども、政府が例えば今回のように子ども手当を数兆円使います。あるいは公共事業、何兆円でもいいんですけれども、例えば1兆円の公共事業をやりますと言ったときに、一体どれだけの波及効果が生じるのかというのが、この表の中から計算していくことができます。実は乗数効果が幾らかどうかというのは、この表を使わないと正確には計算できません。結論がおもしろいので簡単に言っておきますと、仮に子ども手当を5兆円でもいいですがやったとします。乗数効果が幾らなのかというのは、その財源が所得税なのか、消費税なのか、あるいは国債なのかということによって変わってくるんですね。
実は、一番見た目のGDPが増えるのは消費税を財源とした場合です。消費税というのは、おもしろいことに付加価値税と言いますよね。売り上げの金額をかさ上げする効果があるんです。本当は消費税を上げてもらって誰も得をしないのに、政府の取り分だけ増えると。消費税が上がった分だけ、実は付加価値としてGDPに加算される仕組みになっていまして、消費税を例えば5兆円分増税しましたと言うと、それだけでまずGDPが5兆円増えるんですね。ですので、本当を言うとGDPの国際比較とかをもちろんしているわけですけれども、ヨーロッパ諸国のように付加価値税率が20パーセントかというところと日本みたいなところと比べるというのは、ちょっとげたの履き方が全然違います。本当はよくない比較の仕方なんですが、今の統計のこれはもう定義の問題なので仕方ないんですけれども、消費税は上げれば上げるほど、その分GDPが増えるということになります。さらに、子ども手当なりから消費されていく分の乗数効果もありますので、これが一番見た目のGDPを増やすという効果はあります。
ただ、先ほど言いましたように消費税が高くなるということは、物の価格が高くなるので、実質的な意味での消費は少なくなりますよね。ですから、経済効果という意味で言うと、GDPの伸びほどには本当は経済効果はないということでもあります。
それから、じゃあ国債の場合はどうなんだいうことなんですけれども、国債の場合は国債でもって調達してきて、子ども手当を上げて、まず消費性向を7掛けで3兆5,000億円の消費が増えましたと仮になったとして、そこから先の乗数効果ってもちろんあるんですけれども、所詮は国債ですので、子ども手当と言いながら子供に負担を押し付けると。
何が言いたいかと言うと、公会計の議論というのは単なる会計の議論にとどまらず、今言ったようなマクロ経済政策を立てていくときに、ほかの経済主体、すべての経済主体に対してどういった波及効果、経済効果があるのかというのを計算していくためにも、まず政府の財政運営というものを、複式簿記できちんと作成して計算していくということがないと、議論になりませんよね。これまでは、そもそも政府のバランスシートもないような世界で、飛行機の操縦をするのに全く高度計もスピード計も付いていないような中で、勘に頼って、ほとんどライト兄弟のような世界ですけれども、やってた世界から、せっかくこういう会計とか、いい技術があるんだから、きちんとしたメーターを付けて、それを見て将来世代に妙に負担を押し付けない、現役世代の意思決定をきちんと正しいものにしていくような経済運営をしていきましょうというような方向に、技術は進みつつあるということであります。
6.予算編成過程の改革
時間の関係で、地方自治体向けの会計基準の話については、この際、端折ります。最後に、せっかくですのでぜひ皆さんにご説明したいのが、スライドの番号で言いますと26番。最初のレジュメで言いますと、7番目の最後の予算編制過程の改革というところでございます。
今言いましたように、財政運営というのはある種、飛行機の操縦あるいは車の運転に例えることもできるかと思います。
せめてハンドルを持ちましょうということと、それからハンドルを持つ以上はカーナビ、あるいはスピードメーター等々を見ながら運転をしましょうということであります。この国家財政ナビゲーションシステム、国ナビというのは、実際にソフトとしても開発がほぼ完了しているものであります。自治体向けの会計基準におきまして、基準モデルというのが今、実際に自治体の間でも、まだ普及率は1割ぐらいなんですが、ちょっとずつ採用していただいているところであります。これは、国もそうなんですけれども、自治体向けに国ナビとか自治ナビというのを開発しているところなんです。これは先ほどもちょろっと話しましたように、例えば今現在、平成22年度予算案が国会で審議されているところでありますけれども、この段階で、例えば子ども手当を2.5兆円支出する場合、あるいは5兆円支出する場合、増税を幾らする場合、あるいはそうでない場合等々について、シミュレーションを行うソフトです。シミュレーションを行った上で平成22年度末の段階、要は来年3月末の段階で日本国政府が一体どのようなバランスシートになるのか。あるいは、先ほど勘定科目体系で説明しましたような純資産変動計算書の、どういった数字がどこに入ってくるのかというものをシミュレーションで見ていこうと。それによって、あまりに負債が増えるということで仮にあれば、そんな予算案というのはよくないよと、みんなで考えればいい話です。
今現在は先ほど若干数字を述べました平成18年度決算ぐらいしか今、数字が世の中にないんですね。そうじゃなくて、今現在、平成22年度予算案を議論するときには、平成22年度末の日本政府の財政状態というものが明らかになっていないと、こういった情報は予算編成に生かせるわけもないですよね。当たり前の話なんですけれども、そういった予算編成上のシミュレーションというものを行うためにも、公会計情報というものをきちんと整理して、さらに言うと国家財政ナビゲーションシステム、国ナビというのは次のページを開けていただけますか。27ページに主な機能ということを書いております。今言いましたようなシミュレーションを行うことによって、まず将来負債へのつけ回し額の明確化、これは1円単位で計算ができます。さらに言うと、国ナビ自体では不可能ですけれども、先ほど言いました社会会計の勘定体系を使いますと、その波及効果までも明らかにできるというような効果があります。
それから2番目、予算全体の見渡しシミュレーション機能、当たり前ですけれども各省庁ごとですとか、あるいは省庁を連結したベース、あるいは一般会計、特別会計を連結したベース、あるいはさらに独立行政法人などを連結したベースで、政府全体で一体どのようなバランスシートになるのか等々が数字として見えてくる。
それから、一番大事なのは、この3つ目です。予算編成の仕組みを変える。要は、これまでは去年の事業仕分けを見て皆さん思われたと思うんですけれども、一つ一つの各役所からの財務省に対する予算要求ってあるわけですね。1件数十万円のものから子ども手当のように5兆円を超える大きなものまであったりするわけですけれども、いわゆるボトムアップの一つ一つの項目を積み上げて予算編成をやってきたわけです。
単なるボトムアップで予算編成をやろうとすると、マクロ経済上も非常に危険な財政破綻に近い状態に変わっていくということになろうかと思います。むしろそれを避けるためにも、予算編成の意思決定の仕組み自体を変えていく、そのような仕組みが必要だということであります。そのベースとなる政府的なインフラとして、公会計制度というものをきちんと整備していく必要があるということであります。
それから、政策のメリハリをつける。当たり前ですけれども、今言いましたようにトップダウンで意思決定をしていきますので、総理がここに重点的に予算を付けたいというようなところに、もちろん予算を付けて、その効果が一体どうなるのかというのを見ながら予算編成をやっていくということであります。
最後に、リアルタイムの情報開示とありますけれども、何しろこれはコンピューター上の数字のシミュレーションですので、一発で数字が出てきます。例えば今現在、既にほぼ開発が終わっているシステムですと、例えば今日現在の日本国政府のバランスシートを見てみたいと、仮に鳩山総理が今この瞬間言ったとして、このぐらいの普通のパソコンで2時間ぐらいデータを入れてパコッとやると、2時間ぐらいウーンと考えて、ダダッというふうに財務諸表が出てくるというぐらい、IT化が既にシステムとして完成の域に達しつつあるという状況にあります。
公会計制度の改革というのは、今言いましたように政治の意思決定、特に予算編成の意思決定を変えることによって、日本の政治の大きな方向性を変えていく力になるというようなお話を今日はしてまいりました。最後、駆け足になって恐縮ですけれども、一応これで今回の講義を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。
質疑応答(前編・後編)
質問者:
公会計にガバナンスを含めているかどうかでもめているとおっしゃっていたんですが、それは勘定体系に純資産変動計算書をあらわすかどうかを見ているという状況なんですか。
桜内先生:
非常にいいポイントなんですが、目的をどう設定するかによって体系が変わってくるというふうに申し上げました。おっしゃるとおり、公会計の目的としてガバナンスと言いますか、予算も含めて政府の意思決定をどう規律するのかという目的が入ってくるとすれば、おっしゃったように純資産変動計算書というものが入ってこざるを得ないと。
今現在、企業会計のほうでも、純資産変動計算書に相当する株主資本等変動計算書というのが数年前から導入されているんですね。ただ、株主資本等変動計算書自体は、簡単に言うとグロスとネットってわかりますか。要は資本が、あるいはどれだけ増えたか減ったかとか、すごく変動しますよね。仮に変動したとします。あるいは含み益があった、なかった、有価証券の時価評価で高くなった、低くなったとありますよね。そのネットというのは、純額で最初はこうでした、最後はこうでしたというだけなんです。グロスというのは、多くなった分がこれだけありまして、下がった分がこれだけあるという両方とも表示するというやり方なんですけれども、まずそこの点で企業会計の場合は総額表示しなくても別に純額でいいやという、純額で幾らずれただけわかればいいというような考え方なんですね。
それともう一つは、企業会計の場合は、さっきお見せしたような③の勘定体系、勘定科目をわざわざ設定して、株主資本等変動計算書というものをつくるわけじゃないんですね。単に損益計算書とか、バランスシートを組み替えてつくるんですけれども、実はキャッシュフロー計算書というのもバランスシートと、それから損益計算書を組み替えてつくっているだけなんです。
そういう意味では、会計的に言えば、勘定科目を置かずに、勘定科目外で別の計算をするというやり方で、それはそれで1つのやり方でもあるんですけれども、実際に意思決定というか。今の言い方でわかりにくかったとすると、こういう言い方だといいと思うんですが、例えば国が公共事業を5兆円やりました、どこかに大きい工事を5兆円でやりました。一方で、国債を10兆円買いました。合わせて10兆円分、お金が出て行っているわけですね。資産形成をしたわけです。
それが一方で、負債がどう変動するかというのがありますよね。資産が減る場合もあれば、減価償却なりで資産の金額が減ったりしますよね。そういった金額というのを、最初から全部足し算引き算で、最後の足し引きした全部の変動額だけ、例えばマイナス7兆円の減価償却があったとしますよね。10兆円プラス5兆円マイナス7だと8兆円ですよね。8兆円だけが財務処理に出てくるのがネットと言うんです。15兆円とマイナス7兆円というのが別に、同時に表示していくというのがグロスという考え方なんですね。それは、仕分けをするかしないかというところにもよってくるし、物の考え方というか、そこまであらわさないとどこに幾らお金を使ったか、グロスじゃないと政府はわからないじゃないですか。ここには10兆円使った、ここには5兆円、単に8兆円だけ資産が増えましたというんだと意味がわからないですよね。どこがどうなったのということになって、どこにどんな無駄な資産があるのかないのかというのを示していくためには、グロスで会計処理をしていくしかないということなんです。わかりましたか。
質問者:
今日は、どうもありがとうございました。企業会計と公会計の違いということが非常によくわかりました。政府活動の評価というのは赤字とか黒字では評価できないというところで、今、税収が非常に落ち込んでいる。今、何兆円ぐらいですか、50。。。
桜内先生:
桜内先生:37兆円。
質問者:
37兆円ですか。という中で、90兆円という予算を組んでいる、50兆円、60兆円の赤字を毎年組まなければいけないという、普通に考えても赤字の予算を組むということは、非常に経済にとってよくないなということは、もう国民みんなわかるというところなんですが、では財政の健全化という言葉をマスコミ、新聞等でよく聞く言葉なんですけれども、どういう状態が健全なのかというのがよくわからない。税収を増やせばいいのか、支出を減らせばいいのか。そこのバランスというところで、じゃあどこで折り合いをつければいいのかなというところが、なかなか今の政治の議論の中では見えてこないというところが、一般の国民としてはよく知りたいなというところなんですが、先生のお考えをお聞かせ願えればと思います。
桜内先生:
ご指摘のとおり、今本当に破滅的な予算編成になっているんですね。ご指摘のとおり、今、税収が来年度予算37兆円で、歳出が92兆円なわけです。こんなのが続くわけもないし、経済にとっていい影響があるわけでもない。どうすべきかというところからすると、まず幾つかアプローチの仕方があります。
1つやらなくてはいけないのは、無駄な支出がやはり必ずあるわけです。本当は無駄と言っては失礼かもしれないんですけれども、一番大きいのは公務員の人件費なんですね。本当は、これを削らなくてはいけない。よく言われますように、特に鹿児島とか、私の田舎の愛媛県なんかもそうなんですけれども、一般の給与所得者の年収は、もう200万円台とか300万円台がざらなわけですね。ところが、地方公務員というのは600万円前後の平均年収があると。これは、入ったばかりの18歳の人から定年の60歳ぐらいの人までの平均だそうなんですけれども、言い方は悪いんですけれども、やはり人件費が高過ぎる状況があります。国家公務員と地方公務員を足すと、人件費だけで35兆円あるんじゃないかというふうにも言われております。先ほど言った37兆円というのは国税の歳入だけなので、もちろん税収全部が人件費に使われているというわけではないんですけれども、それだけ人件費という、所謂固定費なんです。皆様の会社でそうだと思いますが、あまりにも固定費が大きいと、他にちゃんとした仕事をやるお金がその分なくなるわけですよ。 切り込むべきは公務員の人件費だと思います。これは言い方は悪いのですが、抵抗も強いと思うのですが、やる気になれば数兆円、5兆円とかそこらは出てきてもおかしくない、無駄といったら失礼なんですけれども、切れる部分は其処だと私は思っています。
一方で、お金の使い方をどうするのかということなんですけれども、やっぱり景気が悪いのは確かですし、デフレというのは日銀だけではどうにもならないんですね。簡単に言うと、デフレというのは世の中のお金の総量が少ないということなんですね。これは、マネーサプライとかマネーストックと言い方をされたりもしますし、もちろん景気が悪いからお金が出ていかないし回らないということでもあるんですが、お金を増やす方法というのは簡単に言うと1つしかありません。
これは、銀行なりが貸付を行わない限り増えません。貸付をするということは、それなりに何か事業をするですとか、あるいは家を買うのに住宅ローンを借りるとか、そういう投資なりをするためにお金を貸す話であって、じゃあ今、日銀が幾らお金を貸そうと思っても、銀行ももう要りませんという話なんですね。銀行も、相当いっぱい国債を買っているくらいなので、要は銀行自体も貸したくても貸せないというか、銀行の行動自体がおかしいという見方ももちろんあるんですけれども、それはミクロの話であってマクロ的に、日銀がどうしたからと言ってお金が今増える状況じゃないんです。
じゃ、どうするのかと言うと、もうこれは国が直接マネーを一般に出すしかない。これは公共事業しかないんです。公共事業と言っても言い方は悪いんですが、壮大な無駄になる可能性もありますけれども、例えば1つ、デフレ脱却基金みたいなものを50兆円規模でつくったとします。調達をどうするというときに、国債で調達すると国債が増えるだけなので、これはいろんな考え方があり得るんですけれども、そこの基金が出資証券という形で日銀にお金を出させると。これによって国が負債を増やすことなく50兆円分、現金を調達してきて、これをなるだけ将来につながる投資に使っていくと。
例えば、日銀は幾ら社債を買うとかCPを買うといっても、アメリカの連邦準備制度理事会なんかはCPとか買ったりしていますけれども、日銀が、じゃあトヨタが最近調子が悪いからと言って車を買うわけにもいかないわけです。ただ、政府の場合は、景気対策として何を買ってもいいわけです。その基金を通じて、例えば太陽光パネルを10超円分、国が買い上げて安く民間にリースしてやる。あるいは電気自動車を10兆円分買い上げてやって、これも民間にリースしてやる。無駄になる可能性はもちろんあります。政府が特定の産業を振興しようとしてうまくいった例はないという話なので、そういった意味では無駄に終わる可能性もありますけれども、世の中に直接お金を注入していくというやり方は、なくはないということは言えます。
今の日本経済の置かれた状況からすると、すぐに税収は上がるわけではないので、言い方は悪いんですけれども、日銀に財政のファイナンスをさせるしかないという状況であるのは確かです。
ただ、それもせずに財政はきれいなままで、自分の庭先はきれいにして自分は何もしないけれども、日銀に、おまえらきちんと資金を供給しろよと言うだけの財務大臣ではだめですし、それは経済政策としては全然だめですねということだと思います。
月刊誌で『ボイス』というのがあるんですが、ジム・ロジャースという、昔ソロスとかと一緒にファンドをやっていたような人だと思うんですけれども、世界中を見て歩いて、世界的な投資家の人が、この間、日本経済でやるべきことというおもしろいことを書いていたんですが、やっぱり外国から資金を引きつける必要があるという言い方をしています。そのためには金利を上げろと。今、金利を上げたらどうするんだというような、普通の経済学者とか日銀なんかは、金利を今ごろ上げてどうするかとうか、とても上げられませんという話なんですが、外資が日本に入ってくるということは、日本円を買うということなんですけれども、彼らは日本円を持ってないので、どうするかと言うと日本の銀行から円を借りるしかないんですね。それで円が増えるんです。外資に対して日本の銀行が円を貸し付ける。これによって日本国内に投資をさせるというやり方もあります。日本の通貨供給量を増やす、デフレから脱却するという意味では。
それともう一つは、円建ての輸出を増やす。今、中国との取引とか東南アジアとの取引においてもドルを使ったり、愚かなことをやっているんですけれども、なるだけ円で取引をする。円で取引をするということは、これもさっき言ったのと似たような話なんですが、例えばシンガポールの企業というのは最初から円を持っているわけじゃないので、円を日本の銀行から借りるしかないんですね。論理的に、日本の銀行でなければ円は貸せないものなので、そういった意味で円の貸し付けをなるだけ増やしていくために、円建ての取引を投資にしろ貿易にしろ増やしていくというやり方はあろうかと思います。
質問者:
もう一点よろしいでしょうか。今のお話ですと、お金の流れという視点でのバランスの取り方というようなお話だったと思いますが、では実質的に今の日本がどういう国になるべきなのか。確かに、外資を引きつけるというのはポイントとしてすごく大事なことだと思うんですが、じゃあその引きつけ方ですよね。日本にやっぱり魅力がないとお金も集まらないと。では、日本の魅力ということをどういうふうにつくっていくかということがこれからの課題、その50兆円の資金を使って、新しい産業を興すだとか、やはり日本がこれから目指すべき国の形というのを、先生はどういうふうにお考えでしょうか。
桜内先生:
非常に難しい質問なんですけれども、そこはむしろ企業なりマーケットが、選びやすい仕組みをつくるというのが大事だと思うんですね。 最近ようやく話題になってきていますけれども、法人税率を普通の国並みに引き下げる。あるいは日本に進出するときに、これはよく言われるんですが、例えば東京証券取引所に上場しようという外国企業があったとするじゃないですか。全部日本語で財務諸表を開示しろというふうに言われるんです。それだけでも面倒くさくて嫌だと出ていくところもあるくらいです。財務諸表なので、そのぐらいはもう今やコンピューターの世界なので、英文で提出してもそのままネットで見るときには日本語になるとか、そのぐらいのことはすぐにできるはずですので、なるだけ要らぬ規制を取っ払って、究極的には法人税みたいなものも規制とも言えるかもしれないんですけれども、なるだけそういう障害を減らしていって、外資であれ日本国内の資本であれ、自分が儲かると思ったところに投資ができる仕組みをつくっていかなくてはいけないと思います。
人によってとらえ方はいろいろあると思うんですけれども、やっぱり今のこの不況の中で、若い方が就職が大変だというのももちろんかわいそうだと思うんですけれども、またこの間、NHKの夕方7時のニュースで親ぐるみで就職に向けて頑張っているみたいなのがあったのですが、そんなことをやっている場合じゃなくて、自分で稼げるように自分で企業するなりというところに、なぜ頭が行かないのかなと僕はすごく不思議なんですけれども、何しろ若いんですからお金がなくても今、これだけインターネットが発達していて、グーグルアースとかを使うと、別に営業費用も要らないわけです。営業費用というのは、1人頭、年間数千円の世界で営業もできれば、コミュニケーション取れるという世界なわけです。せっかく起業しやすい環境ができつつある世の中であるにもかかわらず、昔みたいに大きな資本がないと例えばバス事業ができないとか、岩崎産業のようにフェリーを買うとか、そういう事業じゃなくていいわけです。もっと小さな流通でもネットでも、何かしら若い人が参入していける産業ってあるはずだと思うんですけれども、そういうところに目を向けずに大企業に行きたい、正社員になりたいというふうに思うこと自体、ちょっとどうかなと僕は思うほうなんです。ただ、そういう人が入りづらいというようなところも確かにあると思います。大人の世界で若い者が信用もなくて、簡単には商売できない、日本政策金融公庫も信用のない人には全然貸してくれないとか、そういうのがあるので、なるだけそういう姿勢をなくしていく。どの産業に参入していくかは起業家が探していくというやり方を取るしかないんじゃないかなと思いますね。