平成25年度特別講座:全国地域づくり人財塾

岩崎育英奨学会 政経マネジメント塾
岩崎育英奨学会 政経マネジメント塾 平成25年度シリーズ

【特別講座】 全国地域づくり人財塾

講師
大槻 大輔氏 (総務省 地域力創造グループ 人材力活性化・連携交流室長)
富永 一夫氏 (NPOフュージョン長池 理事長)
場所
滋賀県 [全国市町村国際文化研修所(滋賀県大津市唐崎2-13-1)]
テーマ
「人材力の活性化について」・・・大槻 大輔氏
「都市郊外での地域活動と人材とは」・・・富永 一夫氏
放送予定日時
平成26年4月5日(土)12:30~13:30他 ※以降随時放送

講座についてのご感想・ご質問はこちらから
平成25年度シリーズのご感想・ご質問の受付は終了いたしました。
資料(PDF 3.3MB)はこちら


大槻 大輔

富永 一夫

講義内容

大槻室長:
こんにちは。わたしから今回の人材塾のねらいについてお話をしたいと思います。人材塾っていうのは地域の人材育成のためにやっているわけなんですけども、ではどうして今、地域の人材育成が必要なのか? そんな話を簡単にお話ししたいと思います。

皆さんご承知のとおり日本は今、人口減の時代に突入しております。国勢調査で言いますと日本の人口のピークだったのが2005年でした。それ以降日本は人口減の時代に入ってきています。今後30年間で全国の人口が16%減少する、そんな推計がされています。また、三大都市圏を除いた地方圏では24%の減少になります。さらに過疎地域などに限ってみれば、これよりももっと激しい人口減が予測されています。また、少子高齢化社会ということなんですけども、全国の年少人口が減少します。高齢者人口が増えます。そうするとその中間層、まさに地域を支えていく人材、地域の担い手が、単純に考えても減っていくわけです。

人口以外の問題にも目を向けてみます。例えば経済情勢を考えますと、これも皆さんご承知のとおり、決して経済が右肩上がりの時代ではなくなってきました。ひと昔前でしたら大きな企業の大きな工場の誘致に成功すればその地域の雇用あるいは経済は安泰と、そんなふうに考えられてきました。けれど今はそういう時代ではありません。また、どこの自治体も財政難です。するとやはり企業や自治体、そういったものにだけ頼った地域づくりというのは今後できないということになります。さらに今一番厳しい思いをしているのは、いわゆる限界集落みたいな地域だと思います。人口がどんどん減って、この集落を維持していけるのか? これから持続していけるのか? そのために頑張った方がいいのかどうか、そんなギリギリの選択を迫られています。

そんなふうに地域をとりまく情勢がどんどん厳しくなってきています。そういった中で地域を活性化するにはどうしたら良いのか? ないものねだりの地域づくりをしても仕方がありません。何かあるものを使って地域を使っていかなければいけない、地域を活性化していかなければいけない、そういうことだと思います。

よく「地域資源の活用」なんていう言い方をしますが、やはりこれがポイントなんだと思います。ただ黙って見ていても地域資源というのは見つかりません。地域資源の活用の仕方というものは、意識を持って考えていかなくては分かりません。

この地域資源の活用の方策を考えることができるのは、やっぱり人間なんです。人間の知恵です。だれでもいいかというとそうではありません。知恵を出せる人間が必要です。この知恵を出せる人間のことが多分人材なのではないかと思います。

また最初に人口減の話をしましたが、単純に人口が減るだけではなくて地域から都市へどんどん人口流出が起こっており、こういった要素も大きいと思います。そうすると、こういったことを食い止めるにはどうしたらいいのか? ということなんですが、そこの地域に住んでいる人に「この先もこの地域に住み続けたい」そんなふうに思ってもらうことが必要です。そうするためには地域の人に対して「住み続けていくことに価値があるんだよ」「住み続けていくことに誇りを持てるんだよ」そんなことを身をもって示せる人材、そういったのが必要になってくるかと思います。

また逆に、都市から地域の方に、そういった人の流れが新たに起こってもいいと思うんです。そうするためには「ここの地域には魅力があるんですよ」ということを都市の人に対して訴えかけられる人材が必要かと思います。

そういった意味で、情勢は厳しくなってきているんですけども、その中で人材の持つ意味だとか人材育成の意味が新たな一面を表しているような気がいたします。かなり昔から言われていることなんですが、そういったことを考えると今以上に人材育成が大事になってきている時代ではないのかというふうに思います。

最近総務省の新藤総務大臣がよくおっしゃっている言葉で「地域の元気で日本を幸せにする」というフレーズがあります。「地域が元気でなければ日本は元気にならない、地域が活性化しなければ日本経済の再生だってない」と。ではどうしたら地域は元気になるのか? わたしはその鍵は人材にあると思います。

富永理事長:
こんにちは、富永と申します。よろしくお願いします。

地域という言葉を定義すると、自分が住んでいる周りも地域です。だから家庭を中心に同心円的に地域というのは広がっていくわけで、一番小さい地域というのは家庭ではないか? と思います。

わたしも61になりました。60過ぎて定年退職したあと家庭という地域であぶれるとなかなか幸せな一生が送れなくなりますので、家族と仲良くすることは最も大事なことでしょう。国連あたりの観点からいけば日本は東アジア地域の中の1個でありますので、非常に地域という概念は大きく違うのだということを大前提として、全国共通に「地域」という言葉を使ったとき人それぞれ「地域」という言葉の定義が違うんです、ということをまず今日第1点目に学んでいただけたらいいと思います。

「人はいっぱいいるんだけどどうしたらいいか分からないんです」という質問は、明日必ずきます。講師との直接対話になると「新しい町があって、新住民が集まってきて、旧地主の方々もおいでになって、そこが融合しなくて困るんです。どうしたらいいんでしょう?」というのは毎回出る質問なんです。そこで毎回同じような話をしているんですが、だれかがちょっとした小さな覚悟をして地域活動「この指とまれ方式」というふうに申します。この指にとまってくれ、ようは、「ぼくが活動するから。子どもたちのために何かアニメの上映会をやろうと思うから、手伝ってくれませんか」というふうに言うと、ぼくの場合には2人でなくて3人になったんですね。これをあとから見て「1人の次が2人じゃなくて3人になる。ひとつの地域づくりをするときの最小のコミュニティは3という数字だ」と思いました。2だと、わたしみたいに一方的にしゃべるタイプの人間がいると、富永のペースで全部話が進んでいるというように周りが理解するんです。2人では仲良く話をしているつもりでも、その結果を聞かされたときの周りの第三者にしてみると富永が勝手に気ままにやっているように見えるんですが、3人いるとAさんBさんCさんで話し合いがされたんであろうという客観性をもって受けとめてくださるようになります。1人の次は2人でなくて3人なんだということをこのとき学びました。

そうするとだんだんだんだん広がっていきます。だからもう少し大きな地域、800所帯ぐらいの地域で「お祭りをやろうじゃないか。こんなニュータウンでも子どもたちのためにお祭りをやろうじゃないか」というふうに思ったとき「そんなことできるんだろうか?」とも思いました。人はいるんだけどだれが協力してくれるか分かりません。「お金は?」と言われましたら「全部ぼくが身銭を切らなくてはいけないのか?」という気になってきます。それで「物は?」と言われた途端にテントも何もありません。「フランクフルト焼きます」と言っても、焼く機械もありません。

ではその情報を地域に「協力してください」と提供しようと思っても、それをどうやって提供したらいいのかすら分からない、ということから始まります。だけども、やっぱり人間関係の原点はあいさつをすることなんです。「今晩懇親会がありますから」とあいさつをするわけですが、いくら懇親会をやっていても黙って飲み食いしていたのでは何も盛り上がりません。「すみません。富永といいます。名刺をください」というふうに積極的に名刺交換をすればこそ、そこに人間関係で「ああ、そうですか。ぼく、広島生まれなんですけど、どなたか山口市の方がおいでになりましたよね。山口、となりですよね」と、言葉のニュアンスやイントネーションなんか、方言出すとよく似てるなあ、という気分になって、なんとなく親近感を持ったりするわけです。

あいさつをするということはとても重要なことです。だからわたしはどうしたかといいますと、各団地の役員の方々の所をおじさん3人でピンポンピンポンやりながらごあいさつをして回って、みんなでお会いして「夏祭りでもやろうではないですか」というような話をしました。ところがわが町の団地だとか自治会の役員さんたちはみんな1年交代でありまして、必ずしもなりたいからなったわけではなく、中には「アミダを引いたらたまたま大当たりでわたし自治会長になってしまった」という人もおいでになるわけです。「やりたかったわけではない」と、そういう地域の役員のクジを引くことをまるでジョーカーを引くような気分で「たまたま当たっちゃっただけなのに、なんでわたしの代にお祭りなんて言うんだ」というような気分になるんですね。だから集まってきた人たちに「必ずしもやらなくてもいい」という話をぼくはしました。「必ずしもやらなくてもいいんです。声がけしてください。皆さんの周りに声がけだけしてください」という話をすると、多摩ニュータウンという所はビルが上に高くあります。専門用語で重層長屋というふうに言うそうです。ビルが上に高いものですから、大変人が住んでいます。半径歩いて30分圏内ぐらいに約1万所帯あります。その1万所帯の所にいろいろと口コミ的にそういう話を出しますと、最初は0.1%、10人ぐらい「ああ、いいことじゃないか。自分も子どもを育てているわけだし、喜んでくれるんだったらぼくも夏に1回のお祭りぐらい手伝ってあげてもいいよ」と言う人が出てくるものなんです。

ぼくは最初、なんだ10人か、というふうに思ったんです。ところがこれが違ったんですね。この10人というのは、なんらの説得を必要としない人たちなんです。フッと言ったら「そうですね。やりましょう」というふうになる人たちなんです。この人たちが出てくると、この人たちの周りでさらに10人ぐらいずつ、なんとなく理屈抜きで納得してくれる人が出てくるんです。そうすると100人ぐらいになります。

人はいっぱいいるんだけれどだれも集まってきてくれません。だけどパーンと手を挙げて「ここに集まってくれませんか?」と言って、こうすると、10人ぐらい集まってくれます。この10人ぐらいの人がこうしてやり始めると100人ぐらいになって、大きなお祭りができるようになって、18回目をこの8月にやったんですが、ひと晩で5,000人ぐらい出てきてくれます。全部われわれの自前のお金でやっていますし、一切1円も行政支援を受けたり、行政の事務局みたいなものに面倒を見てもらってしているお祭りではないんです。われわれが自立してやっていて、毎年毎年盛り上がっています。最初は100人ぐらいしかいなかったしょうもないお祭りを18年かけてやってきました。

そうすると何が起こったでしょう? 先日、24~25歳のお母さんが生まれたばかりの子どもさんを抱いておいでになって「わたしはぽんぽこ祭りと一緒に大きくなったんです。この町で生まれてこの町で育ったんです。このお祭りがあって、楽しかったんです。だからこの地域でわたしは子育てをしたくて、この子のためにわたしもまたこれから活動をしたいので、これから相談にのってください」というふうに言われました。うれしかったです。多摩ニュータウン2世です。わたしの娘みたいな世代です。その赤ちゃんが多摩ニュータウン3代目なんです。こんなふうにつながっていくんだな、ということを、この十数年の間に学んでまいりました。

そのときに、わたしはある覚悟をしました。ふわふわした、この宇宙の中の塵(ちり)を集めて何かやるときに、ぼくも二足の草鞋(わらじ)ですから週末だけ、ちょっとだけやれば、年に1回お祭りだけやれば、月に1回ちょっと出てきて「ぼくボランティアです」みたいな人ばかりでは。

みんなはべつにいいんです。周りはべつにそういう存在の人がいても世の中ですから当然いいんですけど、だれか中核に覚悟の1人がいなければ成り立たないのではないか、という思いがしましたので、ちょっと個人的な思いもありましたから47歳にして会社を早期退職しました。みんなから「何するんだ。ばかかおまえ。どうやって食べていく気なんだ」というふうに言われて、だれにも理解されない退職をした思い出を持っています。

そしてNPOフュージョン長池をつくった途端に、やはり時代を先取りしたいというふうに思うような人が集まってくる引力が働き始めたような気がしてきました。それで、毎年お祭りをすると一発で4,000人とか5,000人ぐらいの人が出てこられるものですから、そのたびに新たに有能な人材と、あまりうるさく議論をする必要なく協力姿勢を持ってくださる方が出てきまして、次から次へと人材供給のポンプになります。

当たり前なんですが、お祭りでキャベツを切っているときに、ものも言わないで刃物を持ってキャベツを切っているなんて恐ろしいことはありません。「今日は1日よろしくお願いいたします。一緒に仲良くヤキソバ焼きましょう」と、みんなごあいさつをするわけです。そして「あなた、どこに住んでいるんですか?」ということから始まって「あそこに住んでいるんです」「ああ、そうですか。お近くですね」みたいなかたちで始まるわけですから、1日ずっと頑張ってやっていると、だんだんだんだんいろんな人とお友達になります。そうしたら高速インターネットを普及した人、マンションの自主管理をやりたい人、コーポラティブ住宅というものを建設したい人、自然館で働きたい人、さまざまな人組みが見えてきます。それを1個1個小さなお星さまをつくるように明確にしていく作業がこの時代だったな、というふうに思います。

そういうふうにしていて、その後八王子市から認められて自然館という公共施設の建物の管理運営の業務委託を受けるぐらいになりますと、今度は「あそこにちょっといいことすると、民間企業のわれわれも少しは社会貢献事業になるのかな」というふうに思ってくださる八王子市内の地元の事業者が出てきたんです。「八王子市とも関係がある、八王子市内だからちょっと貢献してみてもいいな。大きな会社みたいなことはできないけれども、八王子市内の何か新しい動きだったら、ちょっと応援したらいいのかな」というふうに思ってくださる社長さんがおいでになって、インターネットライブカメラ、当時1ユニット500万円ぐらいするような品を2つ提供いただきました。それを自然館に設置して、自然館の中の活動がインターネットを通じて自宅のパソコンから見える化をしました。今であれば目玉おやじみたいな物をちょっと入れて置いておくだけですぐそんなことはできるんですけど、当時はサーバーを入れてなんだかんだとやれば400~500万もするような高価な物でした。それを2セット1,000万ぐらいの物を提供いただくという、企業からの応援を受けました。

そうしたら「やはり民間企業と何か一緒にタイアップするのはいいことだね」というような雰囲気が出てきました。IT企業と八王子市が一緒になって無線のインターネットを災害対策として開発されたり、それがまた内閣府の防災白書に載ったりというようなことでどんどん発展するわけです。

そうすると小さなお星さまがちょっとずつ出てくるんですけれども、信用力という引力が働き始めるといろいろなものが集まってくる状態というのは、わたしの中のイメージとしては、まるで長池公園自然館を中心に長池地域の太陽系宇宙ができあがっていくような感じでした。ですからこのときにイメージしてきたことは、今まで自分が生きてきたこのピラミッド型の組織で、上から会社の目的が決められて、バンバンバンバンと下に下りてきて、上からの命令に対して忠実にやるという人がえらいんだ、これが人材なんだ、というふうに企業の中では教育・訓練を受けてきたんですけれども、そのお星さまみたいになると地球は地球という個性で、木星は木星という強烈な個性で、火星は火星という非常にはっきりした個性なんです。個性と個性がぶつからないように調和を保つということは、宇宙生命体ができるような関係です。

多様性と調和というのは、この「重力」と「求心力」と「引力」と「遠心力」との関係の中で成立するんだ、というようなイメージをなんとなく持ち始める段階でした。

わたしは八王子市のはずれに住んでいるものですから、なんと、数百メートル行くととなりの多摩市に行きます。多摩市の方に同じ多摩ニュータウンエリアが広がっているものですから、多摩ニュータウンというのは八王子市内だけではないんです。となりの多摩市ともくっついています。そのため多摩市の方が同一性が高いんです。人間から見ても、同じような気分の人たちが住んでいます。「ニュータウンや多摩丘陵(きゅうりょう)という山が削られて団地ができて、住宅開発されてしまった所にみんな来て住んでいるんだよね」そういう同じ気分があるものですから、そこに行政境を越えてフーっと流れて広がっていくんです。これを見たときに「ああ、行政とは決定的に違うな」と思いました。行政境を全く気にすることがないんです。行政境を越えていくときにはぼくたちは何をすればいいかというと、多摩市と仲良くすればいいんです。多摩市内のお友達やNPO活動している人たちと仲良くすればまたいろんな活動ができるんだ、ということに気がついていく段階です。

となり町へ持って行って一生懸命している間に、知らず知らずのうちにさまざまな影響力を持ってきた時代であるというふうに思います。

多摩ニュータウンはとても広いです。なんと4市にまたがっています。全部東京で、一番東京都心の新宿方面に近い方が稲城(いなぎ)市です。多摩市、八王子市、町田市と、4市に中途半端にまたがっている所に存在しているものですから、とても広いんです。そして行政単位が違うと若干空気が違うというというところもあります。だからさまざまな太陽系が出てくるような気がしました。そして「太陽系と太陽系が集まっていくと銀河系宇宙ができるみたいだ」というふうに勝手に形容していました。多摩ニュータウン銀河系の形成に影響を与え始めていたような気がします。

そうすると、やはり人間というのはやはり好奇心がありますので多摩ニュータウンという銀河系がどういうふうな構成になっているのか知りたくなるんですね。人口や住宅の実態調査を政府から受諾してやってみたり、マンション管理支援をやったり、多摩NPOセンターという支援センターの管理・運営をやらせていただいたり、住まいづくりとしてコーポラティブ住宅を造るのもやり始めたりして、いろいろな人たちに刺激を与えていくというかたちが生まれ始めたときだと思います。

そういうふうにやっていくのが八王子市から見てどういうふうに見えたかといいますと「長池公園の1,300平米の建物だけ任せたつもりだったんだけれども、あの方面でとなり町まで影響を与え始めるほど逞しく生きているNPOフュージョン長池というのがあるんだって?」などという話が入るようになっていました。ぼくの知らないところで行政マン同士のうわさ話になり、いろいろな人間関係の中でブーメラン効果のように影響を与え始めたんです。

良いも悪いもないんですけれど、人間ってやっぱり目の前にいる人、地域に住んでいる人、あまりにも利害関係がある人からの話よりも、風聞として世間から聞こえてくる話の方を客観性があると思って信用するという癖があるんです。ですからいろんなところから話を聞いて、多摩ニュータウンに興味を持ったおかげで、そして東京都が開発主体者でありましたので東京都の多摩ニュータウン事業本部だとかそういう所の方々からも「ちょっと情報交換しましょう」とかいう話が出てきますし、多摩ニュータウンを造ってこられた国土交通省の住宅局の方々ともいろんな話が出てきました。そうするとNPOっていとも簡単に八王子市だけではなくてとなりの多摩市だとか稲城市だとか町田市だとかとも話ができますし、いとも簡単に東京都へ行くこともできますし、いとも簡単に国の官僚の方々とも仲良くお話をして、情報交換をすることもできまして、非常に身軽に影響力を与え始めることができます。地元の八王子市の市長だとか副市長だとかいう方々にもいろんな情報が入ってくるようになります。そんな中で、総務省から地方自治法改正というのがあって、指定管理者制度の時代が来るという話が出てまいりました。

そのとき自然館という建物は、長池公園、またの名を里山公園とも言います、昔の多摩丘陵の原風景を残し、大切に現存させようとした20ヘクタールもある大きな里山公園の中の、わずか1つの建物、体験学習施設でしかありませんでしたが、そこだけやるということではなくて、これはもしかしたら20ヘクタール全部受諾できる日が来るかもしれないな、という直感を持ちました。それで、そのための準備をしようと思いました。

今日の学びのもう1つですけれども、わたしは皆さんと同じです。そんなに大差ない人間です。そうしますと、ぼくもそうですし皆さんもそうですけど、できることとできないことって絶対限られているわけです。むしろできることが小さくて、できないことの方が巨大なんです。それは組織で見ても一緒なんです。NPOフュージョン長池は地域活動は得意なんです。いっぱい人を集めて、もうありとあらゆる活動を生み出すことはしてきましたからそれは得意なんですけれども、指定管理者で公園管理をするなんてことをやったことはないわけです。まずわたしは公園管理をしたことがなく、草刈機1つ持ったことがありません。だからそこのところをなんとかしなくてはいけない、と思いました。だれか友達を連れてきて補えばいいわけです。友達でもボランティア団体でもそうですけれども「ぼくはよくしゃべるし、前に出て行ってみんなを集めてリーダーシップをとるのは得意なんですけれど、お金の計算は駄目なんです」という人はいっぱいいるんです。

ちょっと簡単な会計でも会計をちゃんとしてくれる人がいないと会は存続しません。それから広報活動などもちゃんとしてくれたり、会員の名簿管理などをちゃんとしてくれる、そういう地味な仕事をしてくれる人も必要なんです。

これ、全部人間向き・不向きがあります。良い・悪いではないんです。向いてないことはできないんです。向くことをすればいいんです。向かないことはだれか友達を連れてきて、してもらえばいいんです。できないことが分かればできるに変わるということを覚えておいていただきたいです。

こういう話をしているとすぐ「いや、わたしにはできません」と言う人がいます。自分だけのことを考えたらわたしも何もできません。ですから、分かっていることは簡単だと思い、分からないことは難しいというふうに思うだけなんです。そして苦手とすることは避けていこうとし、得意とすることをやりたがるというのが人間の、良い・悪いではない、本性ですから、その部分で、このお星さまのような関係で、宇宙をつくるような関係でつくるのであれば、1人ひとりの個性というものがとても大事です。ですから苦手なことはだれかと一緒になって補っていただけばいいんです。

この人組みがどんどんできあがっていく中、NPOフュージョン長池という法人にも個性があるわけですから、今度は造園屋という企業に友達になっていただきます。そしてこのときに分かったことですが、今日(こんにち)の造園屋も昔の里山がどういうものか分からないんですね。

日本庭園みたいなものは、「富士植木」は160年も社歴があって皇居の日本庭園までチョキチョキされているそうでとても得意なんですが、多摩丘陵の原風景の山の中の管理なんていうと、農家の人はよく知っていますが造園屋は知りません。「人工的に造った庭園はよく分かるけれども、自然なりというのは分からない」ということで、では分からないのであればもう1人友達がいるということで、プレイスというコンサルタント会社から内野秀重(うちのひでしげ)という優秀な里山管理のプロコンサルタントに来てもらってメンバー編成をしたということが、ぼくたちのひとつの「できない」を「できる」に変えた技であったというふうに思います。

長池公園の指定管理者になると20ヘクタールですから、小さな建物だけの管理運営からすればお金も大きくなりました。活動範囲も1,300平米から20万平米に大きくなりました。大きな公園であれば物理的に、その分人がいっぱい集まってこれるようになります。そして企業との連合体も、行政と協定するというかたちでちゃんと強固な友達として、きちっと連合体をつくるというような関係ができるようになります。それから八王子市の公園課ともちゃんと協定をするわけですから、協定書という物を作った関係で、お金も動く、責任も動く、きちっとやらなければいけない、というような関係に姿形が明確になってきました。まるで太陽系の中で地球というお星さまが1つどーんと明確になって、それが見える化されたような、ビッグバン的な現象がここに生まれたのではないかというふうにそのとき思いました。

その関係を、多様な協同の設計図ということでこんなふうに表現をしています。岩盤に行政がいまして、表土に指定管理者がいて、この2者がそれぞれの役割を果たします。「岩盤はアベレージ主義で法律を背景に固くていいんです。強固に、地震にも揺るぎなく、崩れないように表土を守ってください」というふうにぼくは申し上げています。そしてお花畑を豊かに繁栄させるために表土という指定管理者は存在します。NPOフュージョン長池は上と下にいるんですけれど、株式会社と行政ではなかなか口をきくときが大変なんです。「お金がもらえるんでしたらやりますよ」という、当たり前の企業の感覚と行政とでは、なかなか物が言えません。でもNPOは公益事業体ですから「いいことであればやりましょう。指定管理者という行政パートナーになったわけですから、一緒にやりましょう」ということを自ら意思決定して、行政に言われなくてもやろうとすることができます。

そして一番上に、今度は市民の方々がさまざまな要望を持ってこられます。中にはクレーマーと言われる人たちもおいでになります。でもその1つ1つをちゃんと丁寧に聞いて、1つ1つ問題を解決しようとします。企業がこれをしようとするといちいち手間がかかってお金がかかる、人件費がかかるというふうに思えるんですけれども、われわれは地域貢献をして、地域の人がみんな幸せになってくれるために始めたわけですから、そのことを1つ解決できるたびに喜びにできるんです。お金はなくなってしまったり、負担感も出るかもしれないですが「良かったね。今日も1つ、みんなに喜んでもらったね」ということが日々確認作業のようにみんなで語り合える環境ができます。企業はそういう大福みたいな物の中に、薄皮まんじゅうの中に入れておいてあげると心地いい関係になるんだ、ということも分かってきました。

砂漠のような表土では何も草木は生えませんけれども、豊かな表土があればどんどん草木は育っていきます。そうすると一番下にいる岩盤も喜んでくれて「ではもうちょっと応援しましょう」「もうちょっと応援しましょう」というふうに表土を応援してくれます。

豊かな表土があって、魅力があるかどうかはアレですけれど、地球のように万物をはぐくみ始めると、とにかく人がやってきます。今はウィークデーであっても、土日祭日以外でも、毎日数百人の人、多いときには1,000人を超えるような人が毎日のようにやって来てくださるし、小学校、中学校、保育園、幼稚園の視察、いろいろおいでになっていただける時代が来ています。

それをコンセプト図にしたものがこれです。こんなふうなコミュニティ形成の融合まで生まれ始めているのかな、というふうに思っています。

わたしはビジネスマンでありますので、こういうふうに物を考えるときに、例えボランティアであろうがNPOであろうがヒト・モノ・カネ・情報という経営の4資源で物事を考えることにしています。さまざまな人が協力をしてくれて、物も集まってきて、お金も集まってきて、情報発信力もついてきております。惑星の大地が生命をはぐくむようです。大地の栄養源は窒素・リン酸・カリですけれども、その代わりにヒト・モノ・カネ、経営の資源・栄養を集めてきているような感じがしてきています。そしてはぐくまれた生命体の情報発信もかなり得意になってきました。

情報発信とは何か? というふうに思いますが、自分たちはこんなに魅力があるんですよ、ということをやはりあいさつと同じように相手に伝えることかと思います。あいさつするのもケンカ腰で「おまえ何者?」みたいな感じのものの言い方をすれば相手と仲良くなれませんけれども、優しく「こんにちは。よろしくお願いいたします。2泊3日一緒ですね。この間だけかもしれないけれど、いろんなことを学び合いましょうね」というふうに丁寧に言葉をかければ、なんとなくそこに人間的な魅力を、知らず知らずのうちに感じるので仲良くいくようなものですから、こういう場所の管理であっても魅力の発信というのはとても大事だというふうに思っています。

ヒトの部分ですけれども、行政人の協力があります。それから先ほども言いました企業人の協力も入れています。教育人の協力も入れています。こんなふうに大学のインターンシップも、小学校・中学校の職場体験だとか総合学習などで子どもたちもいっぱい来てくれます。今日も地元の小学校の総合学習だとか中学校の職場体験の子どもたちが来てくれています。最近は社会人のインターンシップも生まれまして「どうしてもNPOや何かで将来働きたいんだけれども、ここで、お金もらえなくてもいいのでインターンシップ生として学ばせてください」学ばせてもらうわけですから、彼の方もお金は払えません。ぼくたちももらいたくないな、という気もします。失業中みたいな人からお金を取るような気分にはなれません。だけど彼から労力を提供していただいて、ぼくたちはノウハウを学んでいただくというかたちで、価値と価値の物々交換、ミカンとリンゴの物々交換の代わりに持てる価値と持てる価値の物々交換という価値です。わたしが目指してきたことの1つに、多様な価値をバランスシートとして豊かな人生を生きる、というものがあります。お金だけがすべてではない時代をつくりたい、というふうに思ってやってきました。

モノに関しては、寄贈品が来ます。寄贈品が来ても行政の人はもらえません。自然館では三時のおやつになるとほぼまんじゅうが出てくるんです。それはなぜかといいましたら、お礼の菓子折りが年がら年中ひっきりなしにやってくるからです。大体外からのゲストをお世話するのはわたしを中心にしているものですから、特に女性からは「今日はおまんじゅうがないわね」というので「富永さんの働きが悪いからね」みたいな感じの雰囲気になるわけです。ですからそういうおまんじゅうが年中あるのも、ある種視察があったりして「お金の代わりにまんじゅう持ってきました」みたいなことになったりするからです。それはある種褒められた気分になるし、激励されている気分にもなるし、物理的に口に入れて、おなかに入れて豊かな気分になれるという物もいっぱいきます。カゴメからは毎月100ケース以上のジュースがどんどんやってきます。1年中カゴメのジュースが途絶えたことがありません。ですからボランティアの人たちにも「お疲れさまでした」と、特に暑いときなどはジュースを出してあげています。「カゴメさんからのプレゼントですので遠慮なくお飲みください」というふうに言って渡してあげられることも豊かさだと思っています。

寄贈品はカゴメのジュースもそうですが、大事な書籍などもたくさん、多いときには100冊を超えるほどやってきます。それからお金です。八王子市から協定金として指定管理者の費用が出てきますけれども、われわれは自分たちが生み出す資金力を持っています。広報誌です。今回はちょうど切り替えのタイミングでなくなってしまったものですから持ってくることができなかったのですが、ぼくたちの広報誌です。八王子市のお金でそれは発行しておらず、ぼくたちの身銭で発行していますから、そこには下に15ミリ幅のバナー広告を入れてあります。バナー広告に民間企業から広告を出していただき、年間12万円の広告宣伝料をいただいています。行政から出てくるお金以外にそういう広告収入だとか諸々の自分たちが稼いだお金が、また長池公園に投入されていくということですから、行政資金以上の豊かさを生み出すことができます。

ですから行政資金がなくなってきても、だれかから寄付金がくるとか民間企業の視察が来たりして3万円でも5万円でも置いて行ってくださるなんて良いことが起きると、そのお金を使ってまた新たな事業を生み出すことができるというのがぼくたちの実力です。

情報発信もだんだん上手になってきていまして、こんなパンフレットも自前で作れるようになっています。

そして長池公園の人間力ですが、一番若い人が20歳、一番高齢者が87歳でして、親子三代が集い合ってスタッフとして職場で一緒に活動をしています。NPO法人の承継を明確にしよう、ということでいきなり自分の息子・娘世代につないでいくのがいいという結論を今出しています。

「お世話係りの継承、地域は人間力で、一番の継承する力というのは若さなんだ。親から子へ子から孫へ三代の人間力の人組みが地域力をはぐくむんだ。地域力があれば企業や行政が支えてくれるんだ。われわれの幸せをみんなが支えてくれるようになるんだ。そのためにはまず自立した個人を、個性が強くてしっかりと自力で立って自前で歩ける人たちが集まって、きっちりと惑星を作るような思いでやればうまくいくのではないか」それを最近かっこよく『里山民主主義の誕生』とか言っています。地域の三世代の個人と自然が融合して、発展し続けることはまるで里山民主主義を生み出しているような感じがします。

「決して個性があることが不幸ではなく、個性ある多様な人間と個性ある多様な自然が上手に心根を美しくして、志(こころざし)を持って、みんなでお互いさまの気分でちょっとずつ遠慮したりちょっとずつ助け合ったり、その思いがあれば必ず融合する。決められない民主主義ではなく、融合できる民主主義になる」というふうに最近思っています。