平成27年度第2回:第1部:これからの論理的思考を考える

岩崎育英奨学会 政経マネジメント塾

平成27年度講座内容

【第2回講座】 リベラルアーツ実践 -応用編
第1部:これからの論理的思考を考える

講師
川上 真史氏 (ビジネス・ブレークスルー大学大学院教授)
場所
岩崎育英文化財団岩崎学生寮 (東京都世田谷区北烏山7-12-20)
放送予定日時
平成28年02月06日(土) 12:30~13:30 ホームドラマチャンネル
平成28年02月06日(土) 06:00~07:00 歌謡ポップスチャンネル

※以降随時放送
詳しい放送予定はこちら(ホームドラマチャンネル歌謡ポップスチャンネル)

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川上 真史
(かわかみ しんじ)

ビジネス・ブレークスルー大学大学院教授
明治大学大学院 兼任講師
株式会社タイムズコア 代表取締役

京都大学教育学部教育心理学科卒業、産業能率大学総合研究所研究員、ヘイコンサルティンググループコンサルタント、タワーズワトソンディレクターを経て現職。2005年4月よりビジネス・ブレークスルー大学院大学専任教授、ボンド大学非常勤准教授。2013年4月より明治大学大学院グローバルビジネス研究科兼任講師。数多くの企業の人材マネジメント戦略、人事制度改革のコンサルティングに従事する。

講義内容

川上:
最初は政治の話からしたいと思います。政治学はだいぶ確立はされているのですが、政治学の世界の中で政治とはそもそも何であるか、何をしようとしているものなのかは近代政治学の中では決まっています。皆さんはご存じですか?政治とは何をしようとしているのか。国家の中で上がった利益、生み出された価値をどう国民に分配するのかを決定するのが政治である、これが基本です。

今もお話がありましたけれども、その中で分配できる価値、利益は日本ではどれくらい出ていますか?実は約20年前から日本の政治は逆のほうに変わらないといけなかったのです。利益をどう分配するかではなく、日本の中で出ている損失、負債、こういったものを誰にどう分担してもらえるのかというようなことをむしろ政治が決めないといけないような状況になっていると思われませんか?このような状況になってきているときには政治はそちらに動いていかないといけません。ただ、やはりわれわれは政治家ではありません。何をしていかないといけないのか。その中でもう一度、新たな価値を生み出していくという取り組みが必要になってきています。

ところが、今、日本の中で新たな価値はどんどん生み出されていっていますか?確かに技術力は高いと思います。品質もいいと思います。しかし、本当の経済価値が生まれるような新たな価値はどれくらい創造されているかというと、最近は少し大丈夫なのかと思うようなところがあります。インターネットにしても何にしてもいろいろなものが生み出されていて、そこで経済価値は生み出されていますが、スタートは全て日本ではないです。このような中で日本の中で求められている論理力や感性、これは一体どういうものなのかということで、この後、お話をしていきたいと思います。ベースをしっかりと押さえていってください。

では、まずこちらからいきたいと思います。これからの思考力。当然、論理的思考というのは既に旧バージョンの思考力だと思っておいてください。ここを何に持っていかないといけないのか。論理的に物事を考えられない人は駄目です。ここは押さえておいてください。論理的でなければ駄目なのですが、論理だけでは駄目です。そこにプラス創造的思考というものを入れていく必要性があるということです。これはなぜだと思いますか?

実は論理的思考と世の中ではよく言われていますが、論理的思考の目的、なんのためにしていますか?こういうことだとは思いませんか?論理的思考というのは間違いなく正解にたどり着くための思考力なのです。こういう論理でこうなって、こうなる、演繹的にいくと、こうでこういうふうになるとか、帰納法でいくと事実がこうなのだから、そこから振り返っていくとこうなるというふうに間違いなく正解にたどり着いていくための思考法が論理的思考です。今現在、正解はありますか?例えば、皆さんは既にお仕事をされていらっしゃる、あるいは学生の方もいらっしゃいますが、物事を考えていくと正解はなくなってきていませんか?大体、仕事をしていると分かりますよね。行き着く正解は難しいですねとか、できないですよねとか、論理的にいくと大体ここにいってしまいませんか?ですので、私は今、大学や大学院で学生に難しいですねという言葉は禁句にしています。そのようなものは誰にでも分かる正解です。そういうふうなことにどうしてもなってしまうのです。ですから、論理的思考、これだけだとうまくいきません。そこに今、正解がない状況においては創造的思考というものを組み込んでいく必要が出てきているということを押さえておいてください。

創造的思考は一体どういうものなのかというところからお話しさせていただきます。創造的思考の流れというものがあります。これは心理学的な研究のなかで創造的思考がこういう流れでできるというものがあります。皆さんはご自分に該当するかどうかを見ておいてください。

冒険的思考というのが最初です。この冒険的思考は何かと言うと、そこに書いてありますが、今まで誰も疑問を持たなかったことに着目して、それを課題として取り上げることができるかどうかです。皆さんは日頃からこういうものを訓練されていますか?誰も疑問を持たないことに疑問を持っていくのです。これは日頃からの訓練が必要です。私もよくしています。

例えば、鹿児島県といえば火山とすぐ思い浮かぶのですが、火山が噴火すると必ずニュースで言っていることがあるではないですか。よく卵が腐ったような臭いと表現していませんか?あれはおかしいと思いませんか?なぜかというと、皆さんは卵が腐った臭いを嗅いだことがありますか?私はありません。火山のにおいは何度も嗅いだことはありますが、卵が腐ったらどのような臭いかはよく分かりません。あれは例え方が逆だと思いませんか?本来であれば初めて腐った卵の臭いを嗅いだときに、卵が腐ると火山のようなにおいがするというのが正しいと思いませんか?

疑問に思ったので、私は卵を腐らせてみました。火山のにおいではないです。とんでもないです。爆発します。とんでもない臭いです。やはりあれは間違っていたというのがこの前、検証できました。とんでもない臭いです。こういう形で、世の中で当たり前のごとく言われていることが何かおかしいのではないかという、こういう疑問を持てるかどうかです。そこに対して、今のような課題や疑問を持ったら、実際に検証してみることです。

創造に向けた準備、それに関する情報を徹底的に収集して、それを実現するための試行錯誤をいろいろして、何とかこれを作っていこうということで、悩み、いろいろなことをします。ところが、いろいろなことをしても大体は行き詰まります。既にあったとか、やはりこれをしてもできなかったとか、行き詰まります。

こういうときにインキュベーションというところに入ります。インキュベーション、卵の中でひなになっていく段階です。これがインキュベーションです。ふ卵期です。要は1回、そこで行き詰まったら思考活動を停止して、他のものに集中していく。そして、再整理、再構築が自動的に頭の中で行われていきます。1回、考えることを全部やめます。やめておくと、どこかでひらめくときがあります。そのひらめいたことを検証と現実化、これは先ほどの創造に向けた準備と全く同じです。もう一回、ひらめいたことをベースにもう一回情報を集め、もう一回ものにしていくということを考えていくと、創造的なものにつながるケースが多いです。

よろしいでしょうか。要は1回、考えて、考えて、考え抜かないと駄目なのです。その段階でインキュベーションに持ち込むということです。ただインキュベーションに持ち込まないでください。考えて、考えて、行き詰まった後にインキュベーションに持ち込んでおくと突然ひらめくことがあります。ただ、これも必ずひらめくわけではありません。この今の流れを1回流していけば必ず創造的なものができるとは限らないです。何が大事かというと、インキュベーションに持ち込んでいる考えがどれくらい頭の中に存在しているかです。数の勝負です。たった1個だけこのインキュベーションに持ち込んでいても大体はかえりません。ひなになりません。腐乱期という、別の腐るほうの腐乱になっていきます。50も60も100もいっぱいそういうインキュベーションに持ち込んでいるものが頭の中にあると、どれか一つかえるという、こういうことなのです。

ただ、創造性もこれも少し皆さんご自分に当てはめてください。いわゆる知的能力との関係があまり強くないのです。知的能力を割りやすく言うと、大学入試の偏差値など、そういったものです。それとはあまり相関が出ません。もっと正確に申し上げると偏差値的に言うと50ぐらいです。世の中の平均は50ぐらいですよね。50まではある程度は相関が出てくるのです。しかし、創造性の高さと知的能力は50を超えると相関が弱くなり、60を超えると全く相関がなくなります。

では、何と相関していると思いますか?パーソナリティーです。パーソナリティー傾向と相関が出ます。もう一つ言っておきます。創造性はどうすれば高まっていくのかという研究は心理学上でそれほど多くありません。何の研究が多いと思いますか?こうすると創造性は阻害されるという研究が多いです。ですから、ポジティブに捉えると、人間はもともと創造的みたいなのです。ネアンデルタールではなく、クロマニヨンになったときから創造的になったみたいなのです。それが企業などに入ると、その組織の雰囲気やその他もろもろで、その創造性の発揮を阻害してしまっているのです。ですから、阻害しているところを取っ払ってしまうと創造性は自動的に出てくるという、そういうことなのかもしれません。

創造性と関係のあるパーソナリティーはこういうものです。まず、問題に対する感受性です。先ほどのようなところです。それから、好奇心です。いろいろなことに興味、関心を持っていますか?こういったところが教養なんかを広げておく上で重要になるところです。これです。権威、社会通念、常識よりも新たなより良い考え方を重要視する。これは開放性という言葉を使います。権威ある人が言っているから、それが正しいなど、そういうことではないわけです。常識的にこうだから絶対間違いなくこうだという、そういうことでもないということです。何か常識を間違っているのではないか、何かここがおかしいのではないか、常にそれを考え、より良い新しい考え方のところにいこうとする。こういうものが基本になります。常識にこだわらないということです。

それから、冒険好きです。皆さんは冒険が大好きですか?いろいろな所に行って、いろいろな冒険されたりすることはありますか?次のこれが問題になるのです。創造性の高い人は非協調性、非同調性と相関がある。非と付いています。それと相関ですから、分かりやすく言うと、創造性の高い人は同調性や協調性が低いという結果が心理学上で明確に出てきています。そう思いませんか?人に合わせるのは大嫌いではないですか。

ただし、これは一応、申し上げておきます。ここで言っている協調性、同調性というのは人に合わせるという話です。それはそうです。創造性が高い人は人に合わせるのが嫌ですよね。しかし、自分の考えと違う人の違う考えとこの二つを合わせてシナジーを生むということはできるのです。ここを間違わないでください。ということで、非同調性、非協調性はこういうものと相関が出ます。ただ、これでもう一つ誤解いただきたくないのは、協調性が低い人は必ず創造性が高いとも限りません。なので、単に協調性がないだけの人も世の中には結構存在しています。そこは間違わないでください。ただ、ここのところで上から見ていると、やはり協調性が高い部下のほうがかわいいではないですか。そこを間違わないでくださいということです。

これは面白いのですが、いわゆる先ほど申し上げた知的能力、頭の良さと創造性が高い人は何が違うのかという調査研究もあります。いわゆる頭の良さと創造性の高い人、この頭のいい人と創造性の高い人の違いにはこういうものがあります。高知能群、これが偏差値的なものが高いだけの人です。ユーモアを否定し、拒否します。ところが、創造性の高い人はユーモアが好きなのです。これはなぜか分かりますか?なぜ、創造性の高い人はユーモアが好きなのか分かりますか?実は経験的に分かっているのです。笑っていた方が頭が活性化するということを分かっているのです。

これは皆さんもそう思われませんか?笑っていて楽しく、そういう感じでいたほうが次々と創造的なことが浮かんできませんか?ところが、緊張感あるプレッシャーある雰囲気に置かれると創造的なことは出てこないと思いませんか?そこの中で、どのようにこの緊張ある状況をしのいでいこうかなど、そういうことばかりを考えるようになりませんか?創造性は出ないのです。例えば、欧米は特にそうです。リーダーの要件にユーモアのセンスなどが入るではないですか。あれは文化的なこともありますが、それだけではないです。何かと言うと、例えば、アメリカ大統領も演説をするときに最初にユーモアを絶対かまします。笑わせます。なぜか。その雰囲気をつくる責任がリーダーにあるからです。どんどん創造的に考えて、どんどん意見を言っていい、そういう場であることをリーダーはその場でつくらないといけないということでユーモアがセンスとして求められているということなのです。

これがあります。高知能群は課題さえ与えられれば正解を出せます。ところが、創造性群は自分で課題を設定しようとします。ここは大きく違います。例えば、こう考えてみてください。日本人は割とこういうのが得意な感じがしませんか?こういう音を正確に再現できる機械を作れと言われると、そういう課題を与えられるとものすごい技術で高品質な完璧に再生できる機械を作れそうな気がしませんか?ところが、その音が再現できる、そういう機械ができたとして、この機械を使って再生してみると面白いものは何かを考えてみろと言われると、あまり浮かばないような気がしませんか?これが左側と右側の違いなのです。

こういうふうに自分で課題をどんどん設定して、こういうのを作ったら面白いのではないか、こういうのがいいのではないかという、ここが弱いというころです。これは一番下に書いてあるもので実はきちんとした心理学的研究です。高知能群は学校時代には先生から評価され好かれている。企業に入ると上司から評価され好かれている。こういう傾向が出るということなのです。ところが、創造性の高い人たちは学校では先生から嫌われ、評価が下げられていて、会社に入っても上司から嫌われ評価が下げられている。

これは心理学の研究できちんとこういうものが特定されています。そう思いませんか?創造性の高い人は一言で言うと、面倒くさい人なのです。先ほどのような常識的な説明は大嫌いです。真面目なことを言おうと思ったらすぐにユーモアが出てきて、いろいろと面倒くさい人なのです。ですから、学校や企業では嫌われているのです。評価が下がっています。ですから、創造性の高い人というのを絶対に見誤らないでください。創造性というものを今のような形で考えていただければと思うのですが、少し本題のところに入っていきますので、ここはよろしくお願いいたします。よく押さえておいてください。

論理的思考というものがあるのですが、人間の思考を2段階に分けて考えてください。心理学的には本当は6段階に分かれます。ただ、下のほうは熱いものを触ったら手をどけろというレベルの話なのでどうでも結構です。まず、2段階に分けて考えてみてください。ややこしい言葉がいろいろ書いていて申し訳ございません。低いほうが直感的思考と言います。まず、この低い直感的思考から申し上げていきます。

この直感の感という漢字は感情の感ではありません。正確に捉えてください。これは感覚器の感を表しています。感覚器、目、鼻、耳など、そういう感覚器の感なのです。下に書いています。感覚器を通じて大脳の中に入ってきた情報があります。これを直感ということで直という言葉を最初に付けています。そのままなんの疑問も持たず、ただそのとおり理解し、そのままだけで使っている、これを直感的思考といいます。全く高いレベルではありません。なんの疑問も持たず、そのまま入ってきた情報をそのまま信じて、そのまま使っている状態です。これを直感的思考といいます。

例えば、世の中でよくこういう人はいませんか?「なんか、こういうことをするとダイエットができるらしいよ」と言い始めます。「それでダイエットできるわけがない。なぜ、それでダイエットできるのか」と聞くと、「だって、テレビでそう言っていたから」。これが直感的思考です。テレビで書いていること、言っていることを目や耳などの感覚器を通じて大脳に入ったのです。そのことになんの疑問も持たず、ただ、そのまま使い、そのとおりにしているということです。高いレベルの思考力ではありません。ということで、この思考力はもう駄目だと思っておいてください。

では、高いほう。それは一体なんなのかです。操作的思考という言葉がここに書いてあります。操作的思考、これは心理学用語です。一般用語に置き換えると、いわゆる論理的思考です。ただ、先ほど申し上げたように私は論理的思考という言葉が大嫌いです。なので、心理学用語である操作的思考という言葉を使わせていただいています。すみません。なぜ、操作的思考という言葉を使っているかというと、こういうことです。先ほどのように人間の感覚器、目、耳など、いろいろな感覚器を通じて大脳の中に入ってきた情報をただそのまま理解して、そのまま使うのではなくて、それを大脳の中で操作します。操作というのはここに書いている、分析、比較、推論など、いろいろありますが、操作することによって、より良い形に変え、より効果的に使うという、こういうプロセスが入るので、これは操作的思考という言葉を使います。

例えば、分析です。こういう情報が入ってきて、この情報を分析していくと、原因はここにあるというふうに特定できます。ならば、この原因に手を打っていくということをすればいいのではないか。あるいは比較です。前に入ってきた情報と比較すると、こういう理由でこちらを使うほうがいいのではないか。あるいは推論です。この前、入ってきた情報はこうだった。その情報から推論すると、次にこういうことが起こり得るのではないか。だとしたら、今のうちからこういう手を先に打っておいたほうがいいのではないかという、こういう推論です。何でも結構です。こういう形で入ってきた情報を頭の中で操作して、より良い形に変え、より効果的に使うというプロセスが入るので、操作的思考という言葉を使います。

ここからが大事です。この操作的思考が実は2段階にさらに分かれます。ですから、3段階に分けて、思考力を考えておいてください。まず、低いほうが具体的操作という言葉を使います。高いほうが形式的操作という言葉を使います。このような具体的操作や形式的操作などの心理学用語を別に覚えていただく必要はありません。論理的思考の1と2というふうに別に覚えておいていただいて結構です。どういう思考力かを覚えておいてください。この具体的操作が低いほう、それから形式的操作という一番高いレベルの思考力、これを発揮できるかどうかが創造的思考ができるかどうかに直結していくと考えておいてください。

具体的操作、これは極めて単純な話です。1本の論理軸であれば、1本の論理の流れであればいくらでも操作できるという、これだけの人です。ああいうことでこうなって、こうなるではないですか、ということはこういうことになって結論はこうですよねという1本の論理の流れでいくといくらでも考えられるという人です。これが具体的操作といわれるものです。

ところが、形式的操作では、複数の論理軸を同時に頭の中で操作します。複数という論理軸の数が増えれば増えるほど、論理軸感に矛盾や葛藤が出てくると思いませんか。例えば、うちの会社の論理を立てると、お客さんの論理が立たない。ましてや、そこに自分がしたいことなんて論理は組み込めないという形で論理軸が増えれば増えるほど、論理軸感に矛盾や葛藤が出てきませんか?この矛盾や葛藤が存在する複数の論理軸を同時に頭の中で操作し、当然、論理軸感に優先順位なんかを付けますが、完璧な答えは出ません。矛盾や葛藤があるので。何をするか。最適解を導き出すことができるかどうか。これが形式的操作といわれるものです。これができるかどうか、これが創造性の基本になります。では、ここから先、少し事例をしたいと思います。皆さんでディスカッションをしていただきたいと思います。

ナレーション:
コンサルティング会社に勤務するコンサルタントが、顧客企業から「さらに成果主義の色合いを強めた評価制度を導入したいそのプロジェクトを担当してほしい」と依頼されました。しかし、その顧客企業の社員は疲弊度が高く、これ以上成果主義を強めると、かえって生産性が落ちるのは間違いない。一方で、顧客企業の経営状況から考えると人件費の削減が求められるのも理解できる。また、このプロジェクトを獲得すれば、自分自身のコンサルタントとしての目標数字がぎりぎりで達成できる。
①この事例の中に含まれている論理軸をすべてあげてください。
②記載されていること以外で、検討に加えるべき論理軸にはどのようなものがありますか?
③それらの論理軸をすべて検討した場合、どのように対応することが最適と考えられますか?
これらの項目をそれぞれのグループ (大学生4名、社会人4名×2グループ) で話し合ってもらいました。

A:
私たち、大学生のグループではコンサルティングのこの依頼自体は受けて、しかしながら、顧客企業さんの要望である成果主義をさらに強めた評価制度を導入したいという意向とは異なる、社員の生産性を向上させるという案を提案して、顧客企業さんと詰めていくという方針がいいのではないかという結論に至りました。この成果主義の色合いを強めたいという、その意向には沿わない状況で経営状況の改善という企業命令を達成するためには人件費を削減して、経営状況を改善するのか、それとも現状の人件費のままで生産性を上げることで経営状況を改善するのかという二つの選択肢があるというふうに分析しました。人件費を削減した場合に、今度は中長期的に見たときに今度の展望として人件費をここで削った場合に、もしかすると、それによって退職者が出たり、あるいは新規採用が難しくなったりするという可能性を考えると、現在の人件費のままで評価制度の改善など、いろいろな手法を用いて生産性を向上するという方向が一番妥当なのではないかという結論に至りました。以上です。

川上:
どうもありがとうございました。これは結論的には受けるではなくて、受けないですよね。顧客から来ている成果主義を強めるコンサルをしてほしいという要望は受けないという結論ですよね。

A:
そうです。

川上:
そこは受けないということですね。その中で、この図を見ていると1本の論理の流れで、こういって、ああいって、こういったら、こうなったというふうに見えます。矛盾や葛藤が存在している中で今みたいに成果主義的なものを強めてほしいというのを受ける。それはそのとおりにしてあげたいが、それを受けたときに生産性が下がります。今度、受けなければ自分の数字が駄目になり、経営も難しくなるかもしれないというふうな矛盾を解決する案は一言で言うと、どこになるのですか?

A:
受けるというのは顧客企業の要望に対して別の提案をします。

川上:
別な提案をするということで受けるのですか?

A:
言葉の揺れとしては、そこには矛盾があります。

川上:
他の提案をして受けるということで今の矛盾を解決しようと考えたということですね。

A:
そうです。

川上:
では、続いては社会人の見本ということで、こちらのグループの方々にお願いします。

B:
私たちのチームの結論としては、今の段階で受けるか受けないかの前段階であるということです。顧客の要望をもっと明確にして、何を本当に求めているかということを明確にするための時間を取るという結論になりました。成果主義を強めることによって本当に人件費が下がるのかどうか、あるいは生産性を上げたくて成果主義を採用しようとすることは実はそれが逆効果になっていることがあるなど、今回の情報だけでは分からないので担当者のニーズと会社が本当に求めていることをすり合わせしながら受けるか受けないかを決めていくという結論に至りました。

川上:
では、担当者の意向としても成果主義、会社の方針とも一致している。やはり会社の中で議論をした結果、とにかく成果主義を強め、成果を出していない人の報酬を下げていくというやり方を採るしかないという結論に至っていて、やはり依頼してきていたという結果の場合はどうされますか?

B:
もう一つ、視点としてあったのは長期的な視点ということを考えています。確かに短期的にはそういうことが考えられ得るとしたとしても、長期的に見た場合にそれが本当に、会社が長期的に繁栄していく方法であり得るのかということを一つ提案して、それでもということであれば、その時点で受けるかどうかをもう一度考慮するということです。

川上:
形式的操作による思考というのは結論を出すというのがやはり目的にあります。なので、判断し、結論につながらなければ駄目なのです。そういった中で今のご発表をお伺いしていると、私の正直な感想は逃げたなというふうに聞こえます。すみません。先送りしたなと思います。よく国会の議論で出てくる中長期的なという言葉です。そうなると次にこうしていこうというのは、まず一度確認してみないと分からないので確認してから考えようという考え方はいいのですが、その中で先ほど私がご質問させていただいたように、こういう仮説と、ああいう仮説と、こういう仮説が考えられます。それぞれに関して最適解は何なのかを考えておかないと。先送りだけではなく今のような仮説も少し検討しておいて作っておいていただけると大変ありがたいです。

では、最後、そちらのグループさん、そういった仮説に基づく解も含めてプレゼンをしていただければと思います。よろしくお願いいたします。

C:
よろしくお願いします。このチームは結論的にはクライアントの意向を受けるという形になりました。そもそもコンサルタントの業務で売り上げを重視して、売り上げで企業の信用という軸がやはり重要だろうというところで、やはり基本的に受けるという形で考えました。受けるとなったときにお客さんの言われていること、人件費の削減です。他の案で言うと、生産性を重視するであったり、モチベーションや理念重視したりで。そのときにその軸のどれが重要になるのか。もし、お客さまのほうで人件費を重視されるというところで、なぜ、それを求められているのか。今回、お客さん的には生産性も落ちるということは分かられています。そういった仮説から基づくと、やはりお客さん的には直近の経営状況を重視されたいのだろうというところで今回は人件費を重視という、お客さんの意向に沿った提案をさせていただく形になりました。人件費の削減を強める形です。

川上:
成果主義を強めるコンサルティングを受けるということですね。

C:
はい。

川上:
それをしたときに実際にやはり社員のかたがたのモラールが落ち、生産性も下がってしまい、やはりあの制度はうまくいかないではないですか、と言われたときにどう対応するのかは何かございますか?

C:
そのときには議論はしていませんでした。正直なところ、そういった話も初めにすべきだろうと思っています。やはりモチベーションが下がることによって生産性が落ちる可能性がありますよ、という話をすべきかと思います。それを言ったとしても、お客さんがそれに納得して、人件費を重視したいという話であれば、そうするべきかというところで話を通そうと思っています。

川上:
やはり形式的操作というのは少し練習と訓練が必要です。割と日本人の多くのかたがたは取りあえず1本の論理、それから先送り、とにかく結論だけ決めてしまい、後の対応は問題が起きたらそこで考えるというような方向がやはり多いです。これはやはり思考力として安定した成果を次々と今後も継続的に生み出していくところにはなかなかつながりづらいと思います。という中で少し今のケースを事例に形式的操作の考え度はどうなっていくのかということを私から解説させていただきたいと思います。

まず、含まれている検討すべき論理軸、これは簡単に見いだせると思います。こういったところです。成果主義を強めたいという顧客からニーズへの対応をどうするのか。それから、顧客企業の社員のモラール状況をどう判断するのか。成果主義を強めた場合の顧客企業内への反応、これをどうするのか。顧客企業の経営状況の対策をどうするのか。自分自身の目標達成の可能性についてどうするのか。それほど複雑に細かく多く出していただく必要はありません。とにかく重要な論理軸がどういうものがあるのかを全て見いだしていってください。その中でどの論理とどの論理にどのような矛盾があるのかということをピックアップしてみてください。

これは少し隙間が空いているのですが、この間に葛藤があります。顧客のニーズとしては成果主義を強めたいというニーズを強く持たれているわけです。ところが、それに対して、これを強めたときにモラールが下がってくる。そうなったときに生産性が下がるという反応が起こってきそうという、この二つと葛藤があるわけです。ただ、モラールを下げたくない、生産性も下げたくないという二つがある一方、しかし、成果主義を入れていかないと顧客企業の経営状況の対策がうまくいかないということ。それから、自分の目標達成でこれもプロジェクトを取らないと問題が出るという、こういった葛藤状況があります。こうなると、この葛藤を埋めていくというよりも、この葛藤がどうすれば解決できるのか、どういう対策で考えれば一番この葛藤が解決できていくのかということを中心に考えていくのが形式的操作の方法の基本になります。

ですので、こういう矛盾や葛藤があって、皆さんの心の中で動いていたのは取るか、取らないか、どれかに決めたいのです。取るか、取らないかを決めるときに情報が足りないので、1回、聞いてみよう、もう少し情報を集めてから判断しようとなっているのですが、そうではないです。形式的操作は葛藤があるので、これを埋めて、これを解決していきます。それでトータルで完璧まではいかないにしても、より良い見解になっていくというところへ持っていくわけです。ここでただ、足りないのは皆さんもおっしゃられていたように、こういったところは検討していきたいということで追加になります。コンサルタントとしての能力、そこの顧客企業のトップは本気で考えているかどうか。所属しているコンサル会社の理念は何であるか。この所属しているコンサルティング会社の理念というのは、当社は自分が所属しているコンサルティング会社は数字を重視しているのか、していないのか。顧客にとって成果を出すことを重視しているのかどうかなどです。そして、自分が持っているネットワークです。これは他のところに頼むという案もあるわけです。というようなことも引っくるめて考えていきます。

では、先ほどの葛藤と矛盾をどう解決していくかとなると、皆さん、随分おしいところまでいかれています。モラールを下げないようにするための施策を加えて、同時に提案するのです。ただ、その提案の仕方はこうなります。では、成果主義を強めることをしましょうとなり、成果主義を強めた場合に明らかに御社の中でモラールが下がり、生産性が下がると思います、ということなので、まずは緊急の課題として成果主義を導入し、そういう形で人件費コントロールができるようにします。しかし、その次に起こる問題がそこなので、このプロジェクトが終わった後、即座にモラールアップの施策を打ちましょうということで次の提案も含み込みます。

その提案としてはモラールを下げないようにするために大切なことは評価者の評価が正確にできないと成果主義を強めたときに問題が起こるので、評価者の評価力をアップさせる。それから、もう一つ起こる問題はモラールが下がってくる人の成果が実際に出ない中でモラールが下がる人が出ます。モラールが下がり、成果も出ないというかたがたが残り続けることがいいことなのかどうかという問題が起こります。このような中でアウトプレイスメント、要はそういうかたがたに転職していただき、よりその方にとっても活躍できる場をつくっていく、これをどういうふうにするかということを入れたいと思います。プラス、われわれはできないのですが、生産性を高めるための業務改善プロジェクトというのは明らかに必要になると思います。こういった三つのプロジェクトがその次に起こるということがあるということでご提案させていただき、その提案も含めて提案させていただきます。もう一つ押さえておかないといけないのは、やはり自分たちの数字を高めようとして、さらに追加でそういうものを言われているかもしれないとなるので、通常はこういう言い方をします。

こういうことを次のプロジェクトとして取り組んでいただきたいと思うのですが、このプロジェクトが次にあるというのはわれわれが受けさせていただくということではありません。このプロジェクトが次にあるという条件で、われわれは成果主義を強める評価制度のものを受けさせていただきますが、この次のものはわれわれとしてはこういうものを取り組んだほうが良いという提案をさせていただきます。これについては御社内で行っていただいても結構です。他のコンサルティング会社に依頼していただいても結構です。ここから先は別途、ご検討いただきたいと思いますが、少なくともこういう対策を次に打つという前提でわれわれはこれを受けさせていただくという、こういう提案をさせていただきたいと思いますという形を取るのが一般的な考え方です。そうすれば、先ほどのような形での数字を上げたいというところと、しかし、これを入れれば問題が起こるというところの葛藤も解決できてきます。

それから、成果主義をしたいという、その強い思いと、しないほうがいいのではないか、問題が起こるのではないかという葛藤も今のところで解決できます。そういう形で論理軸で全部を上げた後、どことどこにどのような葛藤があるのか。その葛藤を解決できる一番いい方法は何なのか。これを検討しながらトータルで今のような判断をしていきます。そちらのグループさんはそういうことも考えてらっしゃったということですから、ほら、見ろというような形でおっしゃられていました。

D:
別のコンサルティングというか、段階的に次の提案をします。

川上:
そうですね。そこがあって、しかも、先ほどのように具体的な提案もしていくのが基本です。そこまであって具体的な提案をします。ただ、そこの中でもう一つ生まれてくる葛藤がある論理軸が、相手がもっとコンサルティングプロジェクトを売り付けたいから言ってきているのではないかと思われそうなところがあり、相手の受け取りも少し気になってくる論理軸が新たに出ます。出てきたら、今のようにわれわれが受けるかどうかは別として、こういうことが次にあるという前提で受けさせていただきたいのですということは強調しておき、そこまでは契約には含めないというような形にしておくと、それも解決できます。

よろしいでしょうか。今のようにどんどん提案していってください。具体的操作でも形式操作でも、操作をして結論を出す必要があります。先送りしないでください。ただ、その結論は相手にとっても納得のいくことだし、今のような予測される事象の論理軸も全て含まれた形のものである必要があるというふうに考えておいてください。決して、先送りしたり、曖昧にしたり、あるいはただ単純に受けるか、受けないかを具体的操作で決めてしまうだけということでもないと捉えておいてください。ということは、より良く形式的操作をする上でこのようなことを考えておいてください。

まず、考えておいていただきたいのは、最適解というのは最大公約数ではないのです。最小公倍数のほうです。ですから、これとこれを合わせたらできるのはここだよね、そちらに持っていかないでくさい。やはり創造的に考えるというのは、この論理とあの論理とを合わせたら、このようなことならできそうだという発展系創造をさらに付け加えていきます。そういったところの発想でお願いいたします。今のようにこういう矛盾があるとしたら、そこのところで考えたときにここのところぐらいの範囲なら受けられるかなというので、範囲を限定して受けるなど、そちらに持っていくのではなく、これなら逆にここのところを合わせていったときに最小公倍数として次のプロジェクトも取っていくというようなところまで引っくるめていけば、より広がった形でより良い提案になるのではないかという、こういう最小公倍数的な考え方をしてみてください。

あとはメタ認知というのを意識する必要があります。皆さんはメタ認知と聞かれたことがありますか?これも心理学用語なのですが、メタなので何かを超えたというのがメタです。自分の認知を超えた認知です。分かりやすく言うと、自分の認知をもう一回認知する傾向です。自分の今の認知は正確な認知なのか、何かずれていないか、何か抜け落ちがないのか、そういったことをもう一回認知し直す力をメタ認知といいます。こういったものを少し意識しておいていただけると大変ありがたいです。

例えば、先ほどのようなところでいくと、こういう形で追加の提案も入れながらしたらいいのではないかというときに、もう一つ、何か抜け落ちがないか。お客さんはそういうことで、これを嫌がるかもしれないというところが抜け落ちているのではないか。では、それも加えた判断は、という形で自分の認知をさらに認知してみてください。

それから、集団で検討する場合、安易に同調しないでください。自分で考え続けるということが必要になります。今、4人ですると1人ぐらいは安易に流れた人はいませんか?大丈夫ですか?こういったところで自分でもずっと考え続ける。その考え続けるときは安易な同調はしないでください。ただし、同調もしないのですが、他の人が言っている自分とは違う論理軸、これも組み込んで、先ほどのようにその二つの間にある矛盾を解決していこうというような形で組み込んでいきます。だから、全部発展系でお願いします。

ということで、今の3点は必ず意識しながらしてみてください。発展させる方法です。聞いてみないと分からないこともあると思います。しかし、こういう仮説であるということを論理軸で入れたらどうなるかということでお願いします。

異質性が高い中での形式的操作というのがあるのですが、同質性が高い中でのディスカッションというのは日本人が得意なのです。得意というか、日本の組織は同質性が高いです。ですから、どうしても日本の中では同質性的なディスカッションになりがちです。これは同質性が高いということは言い換えると、1本の論路軸に皆が賛同していて理解しているということになります。だから、逆に形式的操作になりづらいのです。そのため、そうなると取りあえずこれで決めて、問題が起きたら後で対応しようか、取りあえずもう少し情報を集めてから考えようかなど、そういうことになりがちなのです。

という中で異質性が高い中でディスカッションをするときの仕方と考え方を覚えておいてください。これはどちらもできるようになっておいてください。左側に書いているのが同質性が高い場合のコミュニケーションの取り方です。右側は異質性が高い場合のコミュニケーションの取り方です。当然、議論をしていくときにいろいろな異質の論理軸を合わせながら、形式的操作をディスカッショングループの中でできるといいですよね。

まず、同質性が高いと聞き手責任でいけます。しかし、異質性が高まると伝え手責任に変わるということを覚えておいてください。これはなぜかというと、同質性が高いと、大体、ここまで言えば分かるでしょうで成り立つのです。全部言わなくても大体、ここまで言えば分かるでしょう、ここまで言って分からないほうがおかしいでしょうと、これは成り立ちます。それ以上に細かいことを言うと、うっとうしく、そこまで言わなくてもいいとなるわけです。

ところが、異質性が高くなると、自分なりの言い方だけで伝えると100パーセント誤解が生まれます。これは伝え手責任というのは話している人が責任を持つということではないです。伝えたいことを持っている人が相手に100パーセント誤解なく、伝わりきるまで伝える責任があると捉えておいてください。これはアメリカ人などと話していると、よくこういうことを言ってくる人が多いと思いませんか?「Are you right?」とよく聞いてくる人がいませんか?要は自分の言っていることは大丈夫ですか?何かおかしいと思うところがありませんか?どこか疑問があるなら言ってね、という形で100パーセント伝わりきるまで伝えようとする傾向があります。あれは異質性が高い文化の仕方です。ということで違った意見があり、その中でそれを合わせながら形式的操作をしていく場合、意見をおっしゃる方は明確に伝えてください。相手に誤解なく、伝わる伝え方が必要になります。

ところが、日本は同質性が高いので聞き手責任文化だと思いませんか?学校教育なども全てそうでしょう。前で話している先生に何の責任も問われないのです。どれほど教え方が下手だろうが、何を話しているのか分からなくても、その人に責任はないのです。聞いていた生徒が悪いのです。大学などもまだそうです。それでテストなどの点が低いと、きちんと聞いてなくて理解していないおまえらが悪いということで成績を下げられるのです。まずはやはり聞き手責任です。これはどちらもできるようになっておいてください。同質性が高い集団もたくさんあります。そこでいちいち伝えて責任をするとうっとうしいので、どちらもできるようになっておいてください。

2番目です。これは皆さんご存じですか?垂直関係の演出と水平関係の演出です。これはご存じですか?異質性からいきます。アメリカが全て異質性というわけでもないですし、一番異質性が高い国かどうかというのもいろいろあるとは思うのですが、分かりやすいので、一応、例として申し上げます。アメリカの文化を誤解している人たちが日本では結構多いです。どういう誤解か。これです。アメリカは上司と部下の間でもお互いにファーストネームで呼び合って、極めてフレンドリーでフラットで、「ああいうオープンな雰囲気はいいよね」と言っている方がいらっしゃいますが、誤解です。そのようなことはありません。

実は私はニューヨークに住んでいたこともありますし、ずっとアメリカ系のワールドワイドのコンサルティング会社で何十年も働いてきましたので常に経験しています。あれは演技なのです。本当ではありません。あれは演技です。考えてみてください。本当はアメリカのほうが上下関係が日本より公式の部分ではもっと明確に存在しているのです。そうでしょう。アメリカは上司が部下を解雇する権限を持っています。日本は持っていません。アメリカのほうが権限規定が極めてクリアで、上司はここまでの権限、しかし、部下はここまでしかない。極めてクリアに存在しています。

しかし、それを全面にそのまま出して仕事をするとしんどいです。実はあれは演技をしているのです。同じだよねと演技をしているだけです。だから、あれを真に受けるととんでもないことになります。日本は逆だと思いませんか?実は言うほど上下関係はないと思いませんか?別に言うほど上司のことを尊敬していないではないですか。していないではないですかと断言するのもどうかと思いますが、あの人の方が少し年次が上で先に入って、ああいうポジションにいるけれども、あれくらいのポジションは自分だってやればすぐできるとなっていませんか?上司のほうも自分はこういうポジションにいるから少し威厳を持って頑張らなければ、としていませんか?実はあれは実質上は日本のほうが同じなのです。部下の誰かのほうが上司よりももっとパワーを持っていたりすることが平気で起こるのが日本なのです。

ただ、同じだよね、とすると組織は動きません。あれは実は演技なのです。上下関係を演技しているのです。だから、日本だと今でもまだ役職名を付けて、上司を呼ぶことがありますよね。何とか課長とか何とか部長とか。あれは演技です。あなたは課長ですよね、部長ですよね、だから、それを演じきってください。私は部下を演じきるので指示してくれれば、それで動くということを演技的にきちんとします、それをしているだけなのです。

なぜ、異質性が高いときに同じだよね、水平関係です。同じだよね、というのを演技してでもやりとおす。この習慣を持っているか、文化を持っているかをご存じですか?実は種類が違うだけのところに上下関係を付けると、差別の問題につながる危険性があるからです。そうでしょう?男性と女性、種類の違いです。どちらかが上でどちらかが下、差別の問題につながります。国の違い、民族の違い、人種の違い、種類の違いです。どれが上で、どれが下。差別になると思いませんか?ということで、異質性が高いと同じだよね、ということでいくわけです。

だから、日本人の場合、どうしてもディスカッションをしていくときにどういう考えを持っている人のほうが上で、こちらのほうは下のような、何となく上下のようなものがディスカッションでも出てしまうのです。これはシナジーが生まれてこないので形式的操作はうまくいかなくなります。同じだよね、という前提でいけるかどうかです。

同質性が高い組織でいきなりファーストネームを呼ばないでください。お客さんなどに下の名前で急に呼んだりしたら怒られます。同質性が高い場合は上下、異質性が高いと水平です。先ほどから申し上げています。同質性が高いと正解があります。しかし、異質性が高いと正解がありません。そうですね。同質性が高いと、例えば、日本の中でこういう場合のマナーはこうである。これは正解があります。しかし、そのマナーは異質性の中では正解かどうかは分かりません。

例えば、日本と韓国でもそうです。日本はお茶わんを持って食べるのが正解です。しかし、韓国は置いて食べるのが正解です。異質性が高まったときに正解がないのです。では、そういうときの食べ方はどうすればお互いが楽しいのかという、そういう最適解を見いだしていくという、こちらのほうにいくのが基本になります。

こういう形で異質性をむしろ違った論理軸と捉えながらディスカッションをしていただけると形式的操作ができるようになってくると思います。ということでよろしいでしょうか?これから先、形式的操作をできそうですか?いろいろな矛盾がある中で難しい、だから、もう少し情報を取ろうというところにいくよりは、この矛盾を合わせたときにどのようなシナジーになって、どのような新しいことができるのか。ぜひ、そういう考えを持つ習慣を付けていってください。ということで、第1部、論理的思考というものをこういう形で形式的操作に発展させていくというところをお話しさせていただきました。