平成27年度第1回:~世界標準の交渉術演習~

岩崎育英奨学会 政経マネジメント塾

平成27年度講座内容

【第1回講座】  リベラルアーツ実践
~世界標準の交渉術演習~

講師
福原 正大氏(Institution for a Global Society株式会社代表取締役社長)
場所
リバティークラブ(鹿児島県鹿児島市千日町15-15)
放送予定日時
平成27年08月29日(土) 12:30~13:30 ホームドラマチャンネル
平成27年08月29日(土) 06:00~07:00 歌謡ポップスチャンネル

※以降随時放送

講座についてのご質問はこちらから

福原 正大
(ふくはら まさひろ)

Institution for a Global Society
株式会社代表取締役社長
一橋大学大学院特任教授
東京医科歯科大学
グローバル教育アドバイザー

1970年生、慶応義塾大学経済学部卒業後、欧州経営大学院(INSEAD)経営管理学専攻修士課程修了、HEC(パリ) 国際金融専攻修士課程修了、筑波大学ビジネス科学研究科(企業科学専攻)博士後期課程修了博士(経営学)、東京銀行ポートフォリオマネジャー等を経て、バークレーズ・グローバル・インベスターズ株式会社マネージングディレクター兼取締役兼営業統括兼グローバル・マーケット運用部責任者を歴任、その後、グローバルリーダー教育ベンチャーInstitution for a Global Society株式会社を設立し、代表取締役社長に就任、また、Z会との合弁会社igsZの代表取締役社長を兼任、一橋大学大学院特任教授、東京医科歯科大学グローバル教育アドバイザー、筑波大学・相模女子大学非常勤講師。主な著書:「ハーバード、オックスフォード… 世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方」/2013年10月(大和書房)、「なぜ、日本では本物のエリートが育たないのか?」/2012年12月(ダイヤモンド社)他

講義内容

 

福原先生:
 改めまして、福原と申します。本日、先ほどの塾長のお話からもありましたけれども、まさに近代日本のスタートとなった、鹿児島でこういったお話をさせていただけることを非常に楽しみにしてまいりました。今日これから約1時間半のセッションですけれども、ほとんどの時間は、私のお話というよりも、皆様方に直接的に答えのない問題について取り組んでいただきたいと思っておりますので、ぜひ積極的な参加というものをしていただければと思っております。

 最初に鹿児島というところの話でスタートしているのですが、熊本に関わるお話でちょっと最初に質問してみたいのです。熊本の球磨川というのは日本の三大急流ということですが、このラフティングというのをされたことのある方は手を挙げていただいてもよろしいでしょうか。
  
  何名かいらっしゃいます。非常に急流で、かなり激しい川をおりていくということかと思うのですが、こういったような激しい急流のところでのラフティングをするものもありますし、もうちょっと緩やかなラフティングをするものもあります。こういったラフティングの話から始めたのは何なのかということですけれども、私は人生において常に川というものを考えたり、あるいは、今、私たちがどういった川の流れの中にいるのだろうかということを非常によく考えます。
  
  これはなぜかというと、私自身が金融にいたということもあるのですけれども、私自身、世界で仕事をしてくるなかで常に言われたのは、「川の流れに逆らおうとするのであれば、それは非常に川が急流ではない状況だけでしないといけない」ということです。例えば川でラフティングをしたり、川で泳いだりすることを考えていただければと思うのですが、川の流れが緩やかで予測可能な流れであったとするならば、どっちの方向にでも泳いでいくことができるわけです。右にでも左にでも泳いでいくことができます。ところが、すさまじい急流の川になってきてしまうと、自分はどんなに逆に泳ぎたいのだと思ってそっちの方向に自分で泳いでいったとしても、最終的には川の流れに流されていってしまうときがあるのかもしれません。

  こういったなかでまず一つ考えないといけないことは何かというと、ここにいらっしゃる皆様、おひと方、おひと方は、この鹿児島という地でいろいろな形でお仕事をされていらっしゃると思います。そのなかで、今この世界を地球という目で見たときに一体どういうような立ち位置にあるのか、どんな川の流れになっているのかということをある程度強く意識し、そして、その中でどのように泳いでいくのかということを考えないと、これはもしかすると無駄な努力だけをしてしまっているという可能性もあるのかもしれません。

  ここで、ぜひ最初に皆様方に手を挙げていただきたいのですけれども、では、今、鹿児島の、さらに大きく見て日本は、グローバル化ということが言われていることの1つになります。では、なぜここまでグローバル化が言われているのかということで、1つ簡単な質問をしてみたいと思います。足もとで日本のGDP、実質経済活動は世界の何十%ぐらいを占めているかというところでどれかに手を挙げていただきたいのですが、30%以上を占めているであろう、30%~50%程度ではないかなと思う方は手を挙げていただいてよろしいでしょうか。

  では、20~30%ぐらい。

  では、15~20%ぐらい。

  10~15%ぐらい。

  では、5~10%程度。

 

  なるほど。5~10と10~15ということが大体同じぐらいだったかと思います。では、足もとはともかくとして、今度、2030年、ちょうどこれから約15年後になりますが、15年後に向けて日本のGDPというものが今の世界のシェアよりも伸びていると思われる方は手を挙げていただいてよろしいでしょうか。

  下がるのではないかなと思われる方、手を挙げていただいていいですか。

  ほとんどの人です。

  ここに関しまして、2030年、2060年というのを見たときに一体どれぐらいのシェアなのか。今、足もとのシェアというのも数字がありますので正しい数値ですが、2030年、2060年というのは、経済を供給サイドから見ると、人口であるとか生産性というところから、短期予測に比べるとある程度精度が高いと言われていることをOECD、国際機関が予測をしています。

ナレーション:
  これは、OECD、経済協力開発機構が世界の主な国のGDPのシェアを長期予測したグラフです。日本は、2011年に7%であったものが2060年には3%にまで縮小してしまうという予測が出ました。

福原先生:
  10%以上というふうにお考えになっていらっしゃる方がいたのも全然驚くことではなくて、これは私も大学の先生方ですとか、中高の先生方とか高校生たちとも話をするのですが、大体今、高校生や大学生は、平均で「24%ぐらい」と言います。つまり、多くの子供たちは、「今、日本は世界の4分の1のシェアを持っている」というふうに思ってしまっているのです。ところが、皆さんは実際世界を見ていらっしゃるので、現実的にはもうちょっと厳しい目を持っています。もう、それにも関わらず、今、足もとは、これはまだ7%でしたが、最新の数値はもう既に6.5%まで落ちてしまっています。そして、これもまだOECDには比較的甘い見方だろうというふうに言われていて、現実的には日本の世界のシェアというのは、どんどん縮まっていってしまうわけです。これがまず一つ、私たちが避けて通ることができない大きな川の流れになってしまっています。

  これは私自身が世界でずっと仕事をしてくるなかで、2005年ぐらいまでは、まだ日本は強かったですし、中国よりもGDP規模が大きかったですから、いろいろな形で「日本」、「日本」、「日本」と言われていました。ところが、2005年ぐらいから私が外資系金融機関に働いていたときに何を世界で言われたかというと、「もう日本ってだめなのだろう?」、「どうやって日本から引き上げればいいだろう?」、「どうやって中国や東アジアに持っていけばいいのだろう?」というぐらいにまで厳しくなっていってしまっていたのです。

  そのなかで、まさに今日塾長がおっしゃっていたところとつながるのですが、日本は答えが1つだから、自分たちだけが正しい答えを知っているのだ、自分たちだけはどうなのだというような形で、世界では全く相手にされなくてどんどん孤立していって、世界標準からも外れていってしまうという、こういう現実があるわけです。

  さらに日本の経済規模が小さくなると、一人当たりのGDPが大きければいいだろうという議論があるのですが、決してそうではないわけです。例えば、最近、パナソニックさんですとかシャープさんが厳しいというのは、日本の国内マーケットが6.5%しかないので、6.5%の市場の半分を取ったところで世界の3%しかないわけです。ところが、中国は17%あるわけですから、17%のうちの半分を取ってしまえば、それで十二分な世界のマーケットを取れる。

  まさに日本が1990年代前半に「ジャパンミラクル」と言われていた当時には、日本のGDPシェアは世界の約2割、20%近くあったわけです。何で今の子供たちが「2割」と言う子たちが多いかというと、保護者がみんなその時代しか見ていないから今のところの時代に合わさった教育に全然つながっていないような形で、世界との距離感というものを間違えてしまっているという、まずこういうような大きな流れというものが1つあります。

  あともう一つ重要なのは何かというと、今年のNHKのお正月の5日間の特集にもあったのでご存じの方も多いと思いますが、「人工知能というものがどういったことを引き起こすのであろうか」という大きな川の流れの議論です。これは日本だけではなくて、世界的な議論が今なされています。

  先ほどまさに塾長がおっしゃっていたように、世界の人工知能がどんどん出ていくと何が起こるかというと、答えが1つのものは人工知能が全部答えられるようになってしまいます。当たり前の話ですけれども。そこにおいて、日本では東京大学の新井素子先生という人が自虐的に「東京大学の入試問題はその最たるところだから人工知能で解かせてしまえ」という計画を数年前に立ち上げられて、偏差値のレベルでいうと、45から足もとで51まで上がってきています。もう、数カ月単位で5~6ぐらい上げるのです。これは5年と書いていますが、今のペースでいくと、あと2~3年で東大の100%合格は人工知能で出せるようになります。

  これがもたらす世界というのは何を起こすのだろうというところで、ホワイトカラーの仕事の何%がなくなるのかということです。まさに産業革命時にブルーカラーの仕事がかなり機械に置き換わったように、今のホワイトカラーで平均的な、答えが1つで、自分で付加価値を付けることがない人たちの何%の仕事がなくなるのか。そして、実はこれが教育に関わって、今の子供たちにどんな教育を与えないといけないのだろうかというところと関与して行われたのです。

  ここの今ついていらっしゃる仕事の何%、何十%ぐらいがなくなると思うでしょうか。65%はなくなるであろうということが言われています。つまり、ここの3分の2の方がついている職業というのは、2040年ぐらいまでにはなくなっている可能性が高い。そして、ことしのNHK特集では、今、アメリカで9割の弁護士の人たちが、もう単純作業しかやらせてもらえないのだと。人工知能で判例を調べてくるのは簡単なので、人間の弁護士に頼むぐらいならば、よほど人工知能の弁護士に頼んだほうがいいであろうというような、全く違う世界がこれからやってくるわけです。

  こういう様な大きな流れのなかで、一体私たち人間がどういうような付加価値をつけなければいけないのか。実は、まさにこの塾でお考えになっていらっしゃる部分で、そこが何なのかということを考えると、ここに対して用意をする、まさにこういう状況だと思うのです。今私たちが置かれているのは、本当に世界的に大きな急流の中にあって、しっかりと私たち一人一人が用意をしていなければ、もう、大きな流れの中に流されていってしまって、自分は「こっちに行きたい」と言っても、全くそういうような方向性を持てなくなってしまうという、こういう時代になります。

  そこで必要なスキルというのは、これはたった一言、「リベラルアーツ」、これをどれぐらい私たち一人一人が身につけるのか。これを身につけてさえいれば、どんな人工知能全盛時代、グローバル時代という中においてもしっかりと生き抜いていくことができるというふうに考えています。

  このリベラルアーツは非常に幅広い概念です。日本の類語はほかに当てはめようがないので「教養」という言葉になりがちなのですが、教養というとどうしても、いろいろと物知りで、何もかもの知識を知っているというふうなイメージを持ちます。フランスでずっと教育を受けてきますと、フランス流のリベラルアーツというのは何なのかというと全く異なるものです。これを少し最初にお話しをした後、きょうは、このリベラルアーツの中においても最も重要なうちの1つ、交渉術の演習というものに入っていければというふうに考えています。

  では、リベラルアーツとは何か。私が一番好きな言葉は、エドゥアール・エリオという人が言った、「すべてを忘れた時にも残っているもので、すべてを学んでもさらに足りない何か」という言葉です。すみません、私はフランスが長いので、フランスの人間をどうしても言ってしまうのですけれども、つまり、自分のまさにコアになる何かです。もう見せかけの簡単な知識ではないわけです。見せかけの「すべてを忘れた時」にと言った「忘れた時に」というのは、答えが1つの人工知能が全部できてしまうことです。そんなものであってはいけません。それをさらに超えた何か。

  では、二つ目を申し上げると何かというと、もう一つは、シャルル・ド・ゴール、これはフランスの空港なので、シャルル・ド・ゴール空港に行かれた方はご存じの方も多いと思いますが、戦いに勝ち続けたシャルル・ド・ゴール将軍が何を言っていたかというと、「自分の戦いの裏には常にアリストテレスがついているのだ」と。彼は戦術面よりも、もっとベースとなる、リベラルアーツの中の重要科目である哲学、考え続けることを言ったのです。

  日本の哲学だとか倫理のセンター試験の問題は記憶科目で「何とかと言ったのは誰ですか?」、「カントだ」とか、そんなふうに答えさせる問題です。そうではなくて、あなたはこの問題に何を考えるのかと。私は、このリベラルアーツは何かというと、このシャルル・ド・ゴールという将軍が言っていることにもつながるのですが、「考えること、行動すること、そこを行うときの軸」です。

  よく「ぶれない人」と言います。まさにこの日本の近代国家をこの場でつくった鹿児島県人全体の方というのは基本的にはぶれない非常に強いものを持っていらっしゃると思うのですが、時代とともに変えないといけないところは当然あるわけですけれども、思考の軸や自分の軸がぶれない。思考して行動する前には決断をします。その決断をするときに何をもって決断をするのか。そこの軸というもの自身が私はリベラルアーツだと思っていて、考えと行動の間に大きな溝がある、この決断をすること、飛ぶこと、勇気と意志力を持って行うこと、この全体のことをリベラルアーツだというふうに私は理解をしています。

  こういったリベラルアーツをどうやって身につけるかというと、まさに本を読んで、そして、例えばきょうのような演習に出ていただいて、実際上それを見て、考えて行動する。そして、行動すれば99%失敗します。ところが、99%失敗して、何で間違えたのだろうかということでもう一回学んで、そして、それを繰り返すということをどれぐらいの頻度で行っていくことができるかです。よく「日本は失敗ができない」というふうに言われてしまっているのは、答えは1つだと思っているから、「ああ、これ、間違えているから」と。やらなかったら永遠にリベラルアーツは身につきません。ですから、きょうの演習というものもどんどんやっていただきたいというのは何かというと、行動してうまくいかなかったというところから、次どうするのかということのプロセスというものも含めてきょうはやっていただきたいというふうに考えています。

  では、私の話が長くなり過ぎると飽きてしまうと思いますので、いよいよ演習をしていただきます。きょうは、二人ペアで座っていただいているので、きょうは横に座っていらっしゃる方とペアになって交渉を行ってもらいます。


ナレーション:
  買い手と売り手に分かれて金額を決めるという交渉です。演習のテーマは、「企業の社運をかけたテレビコマーシャル」で、タレントの主演依頼とその出演料を決める。買い手は商品CMをつくる企業のマーケティング課長、売り手はタレントの所属する芸能事務所の社長です。

  CMの内容は、食べ歩き番組で太ってしまった元ボクサーの人気タレントが商品のダイエットサプリを実際に飲み、摂取前と摂取後の体型コントラストに注目させるというものです。参加者にはそれぞれの役割で、買い手のみ、売り手のみの情報が書かれた資料が配布されました。そこには交渉に至るまでの経緯、今回の予算や希望金額、価値観などがあります。これらを15分間で読み込み、次の15分間で交渉をまとめるというものです。

  ここで、番組をごらんの皆さんには買い手と売り手の情報を抜粋して紹介します。まずは、買い手のマーケティング課長の金額に関する情報です。

  出演料として考えている予算は、1,300万~1,400万円だが、少しでも削ってCMを流す費用に充てたいところだ。元ボクサーの人気タレントの出演料の相場は800万円あたりと予測している。別のタレント事務所から力士出身のタレントが300万円で出演すると言ってきているが、人気からすると100万円くらいで交渉できそうだ。しかし、知名度やダイエット成功率を考えると、やはり元ボクサーのタレントを起用したい。実は交渉相手の事務所の社長とは知り合いで、かつて所属のアイドルをブレークさせた貸しがある。

  そして、売り手の芸能事務所の社長の情報です。

  元ボクサーの人気タレントは、これまでのCM出演料の最高額が800万円、そのほかは50万~500万円。実は、タレントは月給制。CMが決まったときにはボーナス100万円を渡す契約なので、出演料が100万円以上なら元が取れる計算だ。しかし、タレントの安売りはしたくない。最近のCM出演料は300万円。できるならそれを守りたいが、人間関係を重視する自分にとってはマーケティング課長への恩義もあるし、ほかのタレントに仕事を取られることを考えると100万円を確保できればよいという思いもよぎっている。

福原先生:
  それでは、15分間、いよいよスタートしますので、もともとお知り合いの方とかもいらっしゃると思いますが、そういう関係性は全て断ち切って、なりきる形でやっていただければと思います。 用意、では、始めます。

売り手A:
どうもご無沙汰しています。

買い手A:
どうも、こんにちは。お世話になります。佐藤です。

ナレーション:
  これらの情報を踏まえて、会場では交渉術の演習が始まりました。皆さん、どんな交渉をしているのでしょうか。

買い手B:
  CMの中に出てくる出演者がやっぱり一番大事なポイントだと思っていまして、私のなかでやっぱりこの方が出ていただきたいと思ったのが具志石さんだったのですね。社長さんの中ではどういうふうに、今回、このCMの件については考えていらっしゃるのですか。

売り手B:
  一つは、課長のほうからの恩義というのが一番私の頭の中にありまして、もちろん具志石を選んでくださったという点は非常に感謝をしているところです。それ以上に恩義を返していきたいなというところがうちの会社の一番の今考えていきたいと思っている点です。

買い手C:
  先ほど申し上げましたように、高野川さんのほうはもうほとんど、むしろ先方のほうから出してほしいというオファーなのですよね。

売り手C:
  中原さん、広報の仕事をやっていらっしゃるわけでしょう。目的って会社の利益ですよね。やっぱり会社が幾らあげたかですよね。だから、今安いかどうかって考えてしまうと、安いタレントを使って「あまり売れませんでした」というよりも、やっぱり未来を見て、ちょっとかけてみるというのは大事ですよね、企業としてはね。

ナレーション:
  どのチームも役になりきって、それぞれの資料の情報を生かしながら相手の金額の情報を引き出そうとしているようです。

買い手D:
  どうにか出ていただきたい金額としましては、100万程度。

売り手D:
  100万ですね、はい。

買い手D:
  程度で出ていただきたいと思っております。

売り手D:
  お願いしたいとは思うのですが、酷使しますし、うちとしても是非バックアップをしていきたいので、300万以上お願いできればなと思ってですね。

買い手D:
  なるほどですね。

売り手D:
  長期にわたると思うのですよね。

買い手D:
  300万ですと、ちょっと私どもも……

売り手D:
  厳しいですか?

買い手D:
  ちょっとここだけの話ですと、当然大きな予算枠の中のギャラの部分になるのですが、要は放送回数が電波料の部分を削る形になるので、CMの回数というのが減ってしまうんです。えー、250。

ナレーション:
  こちらは、テレビへの露出を考えて交渉を進めた結果、互いに笑みがこぼれ、どうやら納得の形となったようです。

売り手D:
  250万。

買い手D:
  はい。

売り手D:
  分かりました。

ナレーション:
  世間話から始めていた、こちらのチームは?

買い手E:
  極端な話、予算、ぶっちゃけちゃいますけど、300万円でお願いできないですか。

売り手E:
  300万。

買い手E:
  300万。

売り手E:
  なるほど。

買い手E:
  これは相場からしてもちょっと低めの金額ではあるんですが、そのかわりたくさんテレビCMを打ちますので、たくさん具志石さんをうちのほうテレビに出すことで、また再ブレークするきっかけづくりに是非していただきたいと思っています。

ナレーション:
  こちらの買い手は、CMの露出回数を踏まえた上で300万円から交渉をスタート。

売り手E:
  300万ですか。そうですね。以前、この業界にもいた中原さんですんで、いろいろその辺の数字についてはよく分かってらっしゃるのかなというところではあるんですけど、うーん……。

買い手E:
  特別に400万出しましょう。

売り手E:
  一番いただいたときで1,000万近くいただいたというのもございましたので、その中で、まあ、400。うーん。

買い手E:
  具志石、やせれば、昔のファンもまた戻ってくると思いますので。

ナレーション:
  しかし、なかなか首を縦に振らない売り手。

売り手E:
  またちょっと新たな面を開拓するという意味では。

買い手E:
  もう、ここだけの話、佐藤さん、500万まで、500万まで出しましょう。どうですか?

売り手E:
  分かりました。

買い手E:
  よろしいですか?

売り手E:
  500万で。まあ、今後……

ナレーション:
 結局、買い手が500万円を提示して交渉成立。

売り手F:
 800万円で、お互いがいい金額でさせていただければ、お互いWin-Winの形で。

買い手G:
 400万円でいいかな。

売り手G:
 はい、ぜひそれで一緒にいいものをつくっていきましょう。よろしくお願いします。

売り手H:
 今回100万ということで契約させてもらっていまして、それで、さらに……

ナレーション:
 こちらは100万円。交渉後の金額には随分ばらつきがあるようです。同じ条件なのに、一体なぜなのか。この後、詳しく解説します。
 

福原先生:
 最終的に、皆さん全員交渉成立になっていらっしゃるのですが、終わって、満足だという方、手を挙げていただいてよろしいですか。

 皆さん満足な結果だというところで、では、どんな結果になっていたのかというところを、皆さんの46組の分布を今からお見せしたいと思います。どんなところにいるのか、ぜひ見ていただければと思うのですが、いかがでしょうか。

 100万円から約1,000万円まで非常にばらけています。人数とかがあるのですけれども、比較的多いのが、800万円以上で終わっていらっしゃった方で6組。そうかと思えば100万円というところも3組いらっしゃいます。

 逆に、これを見て、何か不満足だなと思われ始めた方いらっしゃいますか?手を挙げていただいてよろしいですか。正直に。何でこんなばらけているのだろうみたいな。これに近いエクササイズというのは世界中でされるのですけれども、大体こういう風にばらけます。

 交渉するうえで、まず最初に15分間考えていただきました。そこに思考プロセスというものがあって、皆さんは何かしらの明確な戦略を考えられたと思います。そして、その戦略を考えた後に行動で実際の交渉というものに臨まれて、今、いろいろな、かなりばらけた結果で、答えは1つではないような形で非常に大きなばらけ方をしました。

 そのときにご自身として満足だったとしたならば、この全体の結果さえ見なかったら、皆さんは「ああ、もう、よかったな。経験として見てもいいものをやったし、成功したな」と思われているかもしれません。この数値を見せることで、ご自身が考えていらっしゃる決断基準は正しかったのだろうか、交渉が正しかったのかどうかを少し考えていただくために、私は皆さんの持っていらっしゃる今の価値判断基準を少し揺さぶろうと思ったわけです。

 あともう一つは、世界標準の交渉術ということなのですが、交渉術というのも外資とかで金融機関をやっているなかにおいて繰り返し訓練をさせられて、年に数回はアメリカの大学院に、ぽーんと送り込まれて、徹底的に交渉訓練をします。なぜならば、交渉というのは、上手い下手が明確に分かれるので、結果として会社にとってみると大きな案件を取れる場合もあれば、失敗する場合もあるし、自分では満足しているつもりなのだけれども、結果としては、ふたを開けてみると突拍子もない結果で終わっていたと。

 日本人は、実は世界の中においては交渉下手で有名で、非常に日本は海外から搾取されているというふうに私が感じることも多くあります。では、それはなぜなのか。そういう交渉術というリベラルアーツの中において重要な部分と言っている、そこの大きな差が出てしまうのはどういうところなのかというところを少しここから考えていただきたいと思います。

 私は、ずっと交渉学を世界で学んで、いろいろ海外とかでも教えたりしてきましたけれども、一番重要なことは、たった一つ。何かというと「準備」の一言です。最初の15分間をどうやって使われたか。「ああ、分かった」というふうに言った場合は、大体その交渉術は負けます。

 交渉術というのは最初のプリパレーション。例えば私も外資にいるときに、某日本の銀行さんとのある売却契約、M&Aに関わらせていただいていたのですけれども、やはりもうプリパレーションのために、用意のために膨大な時間を割くのです。一見、私とか日本の銀行からいって、何でこんなにもやるだろうというようなことをします。重要な交渉の前にはドライランといって、何度も何度も社内で仮想の相手を出してきて、いろいろな仮想の相手をつくって徹底的に議論を繰り返すのです。それによって最終的にどういうような交渉結果というものが生まれるかということをよく理解をしているのでこれを繰り返します。

 こういうようなところにおいても準備が全てになります。では、この準備が何かといったときに、交渉の場合は、この交渉というものがどういったような交渉になっているのかということを、まず分析しないといけません。最初にお話ししたとおり、これは2主体、つまり1対1で2つの売り手と買い手がいる、1焦点と言われている交渉ゲームになります。つまり価格を1つしか決めないわけですから、焦点は1つなのです。

 「私がほかの条件を付けないでくれ」と言って、条件を入れると2焦点、3焦点、4焦点と増えていってしまうのです。当然これは2主体ですけれども、これは3主体の場合、4主体の場合、5主体の場合で全部基本的にやり方は持っていて、これは2主体による1焦点ですから一番単純なゼロサムゲームです。もう、これがゼロサムゲームで終わるということが最初の構図の中から明確に分かるわけです。そうすると、ゼロサムゲームにおいてはどういうような交渉術をとらないといけないかというのは世界中で研究され尽くされているわけです。そこの交渉を一体どういうふうに考えるのかということがあるわけです。

 そして、当然のように、現実を反映した今回の場合は情報の非対称性があるわけです。結局、交渉というのは情報ゲームです。ある意味、日本というのは情報に比較的敏感ではなくて、「情報にお金を出さない」と言いますけれども、欧米は情報に膨大なお金を取るわけです。ちょっとでも情報を取って、きょうみたいな情報戦において相手の情報をどれぐらい取ってくるか。だから、CIAとかさまざまな情報活動というものが非常に海外においてあるのは、情報は全てを制してしまうわけです。こういったような海外の情報戦とかのなかにおいて海外に出て英語だとか中国語が堪能ではないと、こういった情報戦で負けてしまうわけです。あらゆるところで。そういうようなところも大切になってきます。

 あともう一つ重要なのは、人それぞれ異なる存在で、同じ情報でも解釈が異なるのだということをしっかりと理解をしておかないといけないわけです。「こう思った」という、自分がこう思っただけで交渉の準備をしていたら大体負けで、「自分はこう思うけれども、例えば相手が同じような問題を見たらどうなるかな」という、常に複眼的な見方で交渉ゲームを見られるかどうかということも大きな最終的な結果の分かれ目になります。

 まずもって目的は同じではないわけです。相手が自分と同じ目的で来ているわけはないのです。自分の予測が正しいなんていうことも当然ありません。交渉しているときに相手のそういうのを探るのが交渉術で最も重要です。つまり言葉の中から相手がどういう情報を出してくるのかなということで相手を予測し続けるわけです。

 では、きょうこういう結果になってちょっと不満足な方もいらっしゃるということですので、相手の方がどんな情報を持っていたのかということを今交換していただいて、相手の立場に立って少しごらんいただければと思います。

ナレーション:
 ここで相手の情報を互いに交換すると、厳しい表情の人もいれば、思わず表情が緩む人。

福原先生:
 いかがだったでしょうか。結構ご納得がいかない方もいらっしゃるのではないですか。ちょっと、「えっ?」って思われた方は、手を挙げていただいてよろしいですか。

結構いらっしゃいます。今の中で100万円と1,000万円以上で終わった何人かの方々にちょっとご意見を聞いてみたいのですが、100万円で終わったところでマツザキさん、いらっしゃいますでしょうか。100万円で売ったマツザキさんのほうからお話をしてよろしいですか。この結果とか、今こういうのを見られてみてどう思われたかということをお話しいただければ。

売り手I(マツザキ):
 価格よりも過去の2年前のお世話になったということがあって、ある程度、価格重視よりも、とりあえず、この最後に書いてあるとおり「100万円だったら何とかなる」というようなことが書いてありましたので、そういったところも含めて100万円というところで応じてしまいました。

福原先生:
 なるほど。価値観がもう明確だったと。人間関係性というものにものを置いた上で100と言ったということですね。では逆に、そういったなかにおいて別に100万円ではなくても大丈夫なような状況だったかと思うのですけれども、いかがでしょうか。

買い手I:
いろいろもう条件を言わずに、本当に「最低の100万円で何とかお願いします」と。

福原先生:
100万円にスティックしたわけですね。もうそこに、ぼーんとスティックをしたということですか?

買い手I:
 はい。

福原:
 ありがとうございます。では、今度は逆に1,000万円というところで終わっていらっしゃるアンドウさん、ハラグチさんペアって、どちらにいらっしゃいますでしょうか?今の感想も含めて。

買い手J:
 まずは、「もう交渉に失敗したな」と思っています。ただ、私としては、もう交渉を成功させるのが一番の目的だったので、ギャラとして残っている1,300~1,400からちょっと引いたこの1,000を基準に相手がどう出てくるかと思ったら、1,000で大丈夫そうだったので、もうそれで収めるようにしました。

福原先生:
 なるほど。まず交渉がうまくいけばいいと。もうそこはそういうふうに割り切った形で考えられていたわけですね。ありがとうございます。
では、もうひと方。逆に1,000万円を勝ち取ったという意味において。

売り手J:
 相手方に今回のCMに対しての予算を聞いたところ、もう「1,000万」と出ましたので……

福原先生:
 相手が最初に「1,000万円」というふうに。

売り手J:
 そうです。自分のほうが提案ではなくて、聞き出した形で交渉しました。

福原先生:
 なるほど。逆にご自身では800万円が過去最高であったにもかかわらず、そんなことはつゆにも出さずに、もう相手に任せたということですね。

ナレーション:
 今回行った2主体1焦点の交渉とは、どのように進めればいいのでしょうか。

福原先生:
 交渉術で「BATNAは何だ?」というのです。一体自分のほかのチョイスは何か。目の前のネゴシエーターがいるのだけれども、一番に考えることは、そのネゴシエーターのことを忘れて、この人間以外のチョイスは何があるのだろうかということの選択肢を見つけるところからスタートします。

 僕たちは常に「おまえのWalk-Away価格は何だ?」と。Walk-Away価格というのは、交渉をストップしてやめてしまう、つまり交渉が不成立というところから考え出すということがミクロ経済学的ななかにおいてはいいというふうに言われています。交渉が成立しない場合に考えられるあらゆる選択肢を考えます。そして、各々の選択肢の価値を考えます。そして、その中で最も有効な選択肢が何なのかということを考えて、これを「BATNA」と言います。このBATNAというのは、日本においてもビジネススクールに行かれていらっしゃる方はみんなBATNAと出てくるように、よく使われる言葉になりますので、そのBATNAは何なのかということを交渉の前に、まず最初に議論していただくということが非常に有効になってきます。

 では、今回の場合、そのBATNAは何かというと、仮定においては高野川という元相撲力士を呼ぶというチョイスがほかにもあったわけです。少なくともそこで100万円で呼べるわけですから、望ましいかどうかという微妙なものはあったとしても、少なくとも一人はもう確保しているわけです。そこで100万円で呼べるということがマーケティング課長はあったわけです。

 芸能プロダクションのほうは、1つCMに出させたところで月収100万円をボーナスで出せばいいだけなので、100万円でやれば少なくともブレーク・イーブンになれるわけです。という意味においては、そこがWalk-Away Priceとして2つが設定されます。100万、100万というのがWalk-Away。今回は100万円以下が誰もいないという意味においては、そのWalk-Away Priceにならないという形になっているわけです。

 実は、もう一個次に考えないといけないのは、目の前の交渉以外の人を考えるところからスタートするのですが、さらに交渉術では相手の予測から始まります。自分のことは、まず考えません。常に交渉術では相手の立場を考えるところからスタートすることですが、重要なのは常に情報は非対称形だということにフォーカスすることです。

 情報が非対称だということを考えないで交渉をスタートしてしまうと、大体うまくいきません。情報が非対称であるのだからこそ、まず持っている情報で計算をすると。ただし、交渉でやるべきことというのは、もっともっと情報というものを引き出していって、そこの期待値というものを変化させていくプロセスであり、まさに交渉の言葉のやりとりだというのが非常に重要になってくるということになります。

 ここにおいてマーケティング課長は最低価格が800万円と最初は推測しているわけです。最初にマーケティングのリサーチ情報から、この具志石のことを大体800万円だろうと思っていたわけです。よくいろいろな業界情報とかをごらんになったりしますよね。大体最近は800万円ですよというような価格が出てくると、まずそこをスタート地点に大体皆さん置かれるわけです。この場合800万円に置かれています。もう一方の芸能事務所の社長は、最低価値は相手であれば「300万円ぐらいは払うよな」という思い込みからスタートしているわけです。

 つまり、300万と800万というふうになっているのですが、例えばここが逆だったらどう思いますか。買い手が300万円だと思っていて、売り手は「800万円じゃなければ売らないよ」というと、交渉は成立しません。実は、今回は交渉が最初から成立するように私が意図的につくったわけです。これをZOPAといいます。

 ZOPAというのは非常に有名な言葉で、つまりZOPAが存在しているか、存在していないかということを最初に考えるところが全てのスタートになるわけです。ここにおけるZOPAは、下が300万から800万というのが最初の時点でのZOPAになります。ここの間だったらどこで交渉が成立してもおかしくないわけです。ところが、この「800以上にいった」、「300以下にいった」というのは、交渉の過程で相手の情報をうまく読み取っていって、もうちょっと広く、100・1,000というところまで広げていったわけです。

 このZOPAがどういうふうにあるのかということを常に描きながら交渉しておかないと、ZOPAがないにもかかわらず交渉を成立させてはいけないわけです。ZOPAがあるというふうに分析をする、ここはもう最初のスタートまでにやっていかないといけないわけです。最初15分間ということは、ここをつくるまでが最初の15分間なのです。ここを最初の15分間でつくった後、その後、15分間でこの精度を高くしていくというのが交渉であって、ここを話しながらやっていてはだめで、全て準備期間に終わらせているかどうかというところが非常に重要になるのですが、比較的日本ではこういった交渉というものは、あうんの呼吸だとかでやってしまうので、ここら辺の準備期間がなかなか終わらないという問題点というのが出てきたりします。

 ZOPAの場合は、これは心理学の先生たちが交渉学の場合、非常によく研究するのですが、もう絶対的に勝てるやり方というのが幾つか出ています。先ほども実はあったのですけれども、相手にアンカリングを打ってしまう、先手必勝だというのが、こういうゼロサムの場合は先に価格を言って、どこにアンカリングを打ってしまうかです。

 例えばここで「1,000万円じゃなきゃ出ませんよ」とか、「800万円じゃないと出ませんよ」と、最初に言われてしまうと、反対側は800万、1,000に引っ張られてしまうので、「100万円でお願いしますね」と行けないわけです。逆に買う側は、「すいません、もう、予算は100万円しかありません」とかって、カーンと打ってしまう、さっきの例ですけれども、100万と打たれてしまうと、そっちにぐっと人間の頭というのは心理学的に引っ張られてしまうので、大体100万~300万で終われます。最初のアンカリングが非常に効くというのは、特に2主体1焦点の場合は非常に強くあるということがあります。

 ただ、もちろんどこまで強気になるかというのは、ZOPAを計算していないとできないわけです。さっきの場合では、たぶんZOPAでいいのは800万とか850ぐらいから始めるとか、あるいは逆サイドでも300をもうちょっと下回るところでやるとか、そこは少なくともオファーを正当化できないといけないわけです。相手はそのオファーの正当化を絶対に聞いてきますから、それをどうやって正当化させるのかというところが非常に重要になってきます。

 そして、全く情報がない場合は、アンカリングができるようになるまで情報を収集し続けることが非常に重要です。どういうふうにアンカリングを打つのか、アンカリングを打つタイミングとかも、交渉のうまい人はそこの情報を取って、あるところにすとーんとアンカリングを入れてくるということをします。欧米の人間は、こういうのをもう何百回も練習しています。私も何百回もこういう訓練を受けているので、そういうところでどこのアンカリングを打つかということは議論をしたりしているのです。そういうようなことをしっかり考えないといけません。

 ただ、もちろん現実的になる関係とその環境も考慮に入れることです。相手の立場もしっかり考えないといけません。先ほど相手の立場をお考えなられるというふうにありましたけれども、当然そういうことも入れます。そこは価値観の部分になってくるので、これで受けたいか、受けたくないか。金額は関係ないというのも1つの価値観ですから全然問題ないのですけれども、そこは後で明確になっていないといけないということになります。

 では、アンカリングを打たれてしまったらどうするか。中国の人たちもこういうのを結構勉強していますから、中国や欧米の人とやっていると、まずアンカリングを相当強い形で打たれます。例えば、皆さんもトルコとかに行ったりすると、ペルシャ絨毯とかのときに、日本人が来たと思うとかなり極端な上のアンカリングを入れられたりしますが、お金がなさそうな人が来たというともうちょっと下のアンカリングを彼らは入れます。そういうようなところでアンカリングを通常入れられてしまうのですが、アンカリングを入れたときには、もうここは絶対無視して、カウンターオファーでアンカリングを入れる。普通の場合において、もう何もそれがスルーしてしまって効いていないようにしてしまって逆サイドのアンカリングを入れるということが心理学的には有効であると。そうすると先にアンカリングを入れたほうは戸惑ってしまうので、逆アンカリングを入れるというのは、そこに対する対抗法としては非常に有効な方法だというふうに言われています。 

 ただ、もちろんそこのカウンターオファーをするときに相手の体裁も考えます。これは一体どういうような形なのか。きょうは、一回限りというというところでの交渉をしていますが、これが2回、3回、4回あれば、もちろん違うようになるわけです。きょうは、一回限りの交渉なわけですからこういう形でやっていますけれども、2回、3回、4回だと思えば、人間関係というなかにおいてこれと違う答えになってもいいわけです。あくまでもこれは1つの一番単純な形で説明をしています。

 それと、もう1つは、いきなり逆アンカリングを入れられない場合は、正当性を徹底的に突っ込んでいくわけです。どんどん、どんどん、本当にそれが正しいのかどうか。その正当性をどれぐらい聞き込めるかということが交渉の次に非常に重要な部分になってきます。

 逆に、もう1個、交渉下手な人がよくやってしまうのは、相手が自分の思っていたのよりいいのが出てしまうとうれしくなって、それに飛びついてしまうわけです。それも非常に危険で、簡単に飛びつくのもだめです。「何で相手がそう言ったのかな」といって、「もうちょっとさらに下げる余地はないのかな」と。私も引っ越しを頼むときに、その引っ越し相手のそういうところをやってくる人とかが何かすごくいい価格を言ったのだけれども、それをすぐ飲まないと、相手というのはまたさらに下げていってくれたりするわけです。そういうようななかにおいて、いい値が来ても、すぐ動いてしまうというのはよくなくて、さらにさらに聞いていくかどうかというのが、「いいネゴシエーター」というふうに言われているかどうかというところの差になってきます。

 では、今度は逆に、強い交渉者になるために、またもう1個考えないといけないのは、アンカリングをこっちサイドに打っているのだとすると、当然相手からの厳しい質問が考えられるわけです。いいネゴシエーターは、準備の段階でそこまで考えています。もう、シナリオを全部書きます。私も全部やっていましたけれども、本当に重要なM&AとかのDealになったときは、相手がどう来るかも全部準備して、「こっちに来たらこうだ」と、全部シナリオを明確にやって、「こっちに行ったときはどういうふうに行かないといけないか」ということも、全部そこを最初に計算式のようにして書いて、どういったときにおいてはどうしようとかということを決めているのですが、そういうなかにおいて常に僕たちが言われているのは、「最も聞いてくると考えられる最も厳しい質問に備えておく」と。これを聞かれると一番きついよなといったときに何気ない顔で答えて顔色一つ変えないと、相手は「ああ、これは厳しくないのだ」ということで、心理学的にそこは逆サイドに戻してしまうので、そういうようなところも考えていく必要性があるというような形になります。これが、今申し上げていた2主体1焦点のところです。

 そして、情報の非対称性です。先ほど申し上げていた、買い手と売り手、どちらに情報に優位性があるかも考えることです。どっちのほうが優位な情報なのだろう、どっちサイドがいい情報を持っているのかということを確かめないと、これはうまくいきません。そして、情報の非対称性が生まれるポイントをあらかじめ認識して、時間が15分と決まっているわけですから、いいネゴシエーターは、質問の順番もちゃんと決めないといけないのです。どこに情報の非対称性があるか、そこだけを狙い撃ちしていくという形をしないと、15分間なんて瞬時に終わってしまいますから、ここも非常に重要になってきます。

 そして、繰り返しになりますが、交渉は情報収集ゲームだと思うということと、もう1個は、相手に情報を渡し過ぎてはいけないのです。よくおしゃべりな方で、ばーっとしゃべってしまう方がいますが、そこから相手に情報を取られてしまうわけなので、意外にあんまりしゃべらない人の方が交渉が得意だったりするわけです。何を言ってもスティックされてしまうと、もう交渉としてなかなか相手の影が見えてこなくなるので情報を引き出せなくなってしまいます。ですから、あまりにもしゃべり過ぎるというのは交渉においては必ずしも得策ではなくて、そこの情報量というものもコントロールしていかないといけないということがあります。

 あともう1つ、今日のところにも明確に出ているのですが、きれいな解になる必要性はないということです。きれいな解とは何かというと、300万、400万、500万、600万という100万単位で、なぜだか、きりがいいところでほとんど終わっているのです。

 もう一回さっきの結果を見ていただきたいと思うのですが、これを見ていただくと、800万、700万、500万、400万、300万で全部立っているわけです。日本人的には結構きりがいい数字はありますけれども、現実的にここにメーカーの方とかが、もしいらっしゃったりすれば、皆さんメーカーでは1円単位で全部コスト制限をしているわけです。きれいな数値にしてしまう必要性は全然なくて、315万だっていいわけですし、325万でもいいわけで、そういったようなネゴシエーションのところだけで、345万だったけれども、ちょっときりがよくないというと、すっと300万に寄っていく場合がすごく日本は多いですが、海外とかで交渉していて、こんなことはまずないです。それをやってしまうと何が言えるかというと、欧米のときに私が交渉術で言われたのは、「そんなことしたら、おまえの情報の不確かさだけをやって、次から次に、毎回毎回、わざと中途半端な金額にされて、300万に落とされていく。繰り返してしまう」と。

 だから、きれいな解にこだわり過ぎてしまうというのは、あるときには非常にきれいに見えるけれども、ネゴシエーションでは常にどっちかサイドのほうに話が寄っていってしまいます。通常、値段を上げることができないですから、常に買い手優位の状況をつくってしまうような戦術に入ってしまっているということも、このゼロサムゲームの場合においては考えないといけない点になってくるということになります。

 きょう最後に、「ゼロサムゲームであっても常に両者の価値について考える」、これは先ほども何人かいらっしゃいましたけれども、今ここまで私が言っているのは、価値観として価格だけで決めている場合です。ただ、もちろんのこと先ほどのお話にもありましたとおり、最終的にご自身の価値観はこうだ、人間関係性だ、あるいは大局的なところに立ってこういうふうに終わらせていいのだ、とにもかくにも契約を成功させればいいのだとか、もういろいろな価値観があると思います。ですから、そこの価値観が明確であれば最終的にこんな数字だけの結果になる必要はないわけです。今言ったのは全部、ミクロ経済学的にいう合理的な解の出し方ということですから、合理的な解が正解だというわけではないわけです。

 ただし、重要なのは、合理的な解を知って自分の価値観で調整をするのか、合理的な解を知りもしないのにこれが価値観だというのでは、長い目で見ると、もうビジネスマンの戦略としては全然違う解が常に出てきてしまうわけです。ですから、今の部分を知った上でご自身の価値観の中でどう判断をするのかということが交渉術のなかにおいては非常に重要になります。

 逆に言うと、今のように情報をお互い取り続ければ、お互いに価値を見出す議論が可能なわけです。今みたいにZOPAがあればどうにでもなるわけです。あるいは、いい環境を続ける努力とか、でも、自らの価値を失わないというのは、一体自らの価値観は何なのかというようなことを考えていただく必要性があると思います。

 こうしたなかで、私も日本の銀行から外資系の金融機関に移ったときに、私のアメリカ人の上司に読めと言われたのが『君主論』です。『君主論』って読まれた方、いらっしゃいますか。これは、まさにマキアヴェッリの悪のリーダーシップ書とも言われているのですけれども、欧米人を理解するために、このマキアヴェッリ的な世界観というものを持っていないと非常に失敗に終わります。日本のような価値観で向こうの価値観にぶつかってしまっても全くマッチしないのです。

 よくアメリカとか中国とかとビジネスした人たちが言うのは、「いやあ、彼らって、ビジネスではすごくとんでもないことをしているのに、それなのにプライベートではにこやかに笑うんだよな」と。でも、別に欧米においては、ビジネスはビジネス、プライベートはプライベートで。プライベートで仲よくなっても、ビジネスにおいては当然合理的な解を求めるということに何の問題も持っていないというものを子供のころから教育を受けてきているわけですし、それに慣れています。

 そこに日本的な価値観だけでもって欧米や中国の人と議論をすること自身がおかしくて、それは私たち自分たちが知らぬ間に持ってしまっている価値観に完全に影響をうけ続けてしまっているわけです。なぜ私が上司からこれを読めと言われたのかというと、「日本人は、欧米とかの世界において常に交渉で損をしているし、常に不利な思いをしている。彼らはそれに気がついていなくて、長い目で見て実はそれが大きなマイナスにつながっているだろう。おまえはその間違いをするな」と。そういうような世界観というものが、この『君主論』というものにはすごく出ています。

 これはいろいろな場合分けがされていて、「愛されるよりも恐れられるほうがはるかに安全である」とか、通常のリーダーシップ論には書いていないようなことをど真ん中に書いています。今売っている本にはこんなことはあまり書いていません。『君主論』というのは、欧米の人たちはいろんな意味において一般的な古典の常識のある本ということで、高校生、大学生たちが早い段階で読んでいる本なので、ぜひ読んでいただければなというふうに思います。

 最後、私のまとめですけれども、最初にグローバル化というところで日本は今後きついということを申し上げましたけれども、私は、実は鹿児島の地の利ということを考えると最大のチャンスが来ていると思います。これは実は鹿児島を中心にして地図の同心円をつくってみたのですけれども、これから伸びるベトナムだとかインドネシア、フィリピンを抱えられるためには鹿児島を同心円上に持っていってこういったところをクリアしていかないといけません。インドネシアに日本が経済規模で抜かれるまでに約20~30年と言われていますから、そういったインドネシアすらも範疇に入ってくるわけです。

 ですから、私は、先ほどのお話にもありましたけれども、鹿児島という、そして、まさに西郷先生、そして大久保先生というものが生まれたこの地から、日本全体ということだけではなく、鹿児島から世界にどんどんつながっていかれ、そして、そのときにリベラルアーツの力というものを皆さんが持っていらっしゃれば、間違いなく大きなことができるのではないのかというふうに思っています。そのなかで、交渉術というのはリベラルアーツのただ一つの分野ですけれども、私が今日お話させていただいたことが少しでも皆さんのお役に立てればというふうに思っております。今日は、皆さんの積極的な参加、どうもありがとうございました。