平成26年度第1回講座:~観光学にみる地域のマーケティング~

岩崎育英奨学会 政経マネジメント塾

平成26年度講座内容

【第1回講座】  地域活性化システム論
「観光学にみる地域のマーケティング」

講師
佐々木 壮太郎氏 (和歌山大学観光学部准教授)
場所
和歌山大学 (和歌山県和歌山市栄谷930)
放送予定日時
平成26年12月27日(土) 6:00~ 7:00 歌謡ポップスチャンネル
12:30~13:30 ホームドラマチャンネル
※以降随時放送

佐々木 壮太郎(ささき そうたろう)

和歌山大学観光学部准教授

【専門分野】
商学(マーケティング、消費者行動)
研究テーマ:市場の変容と消費者の購買意思決定プロセス
【著書】
消費者行動論 有斐閣 (2012 年度)、
現代の観光とブランド 同文舘出版 (2012 年度)、他
日本消費者行動研究学会理事(2013 年度 ~2014 年度)



講義内容

藤田先生:
 われわれの目指している観光学というのは、従来の観光のイメージとは随分違っています。観光という言葉自体は非常に一般的に普及している言葉なので、行政の中にも観光協会などいろいろなものがあるのですけれども、従来のイメージはいわゆる大衆的な観光、マスツーリズムと言われるもので、不特定多数の顧客に対して、いかに大量に物を販売し、効果を発揮していくのかというタイプの、大型バスで団体旅行に行くというイメージのものがいわゆるマスツーリズムと言われます。

 今回、われわれが新しい観光学で打ち立てようとしているのは、新しいツーリズムです。そのキーワードは交流という言葉になります。それは、例えば地域を支えるということを考えても、農山村で生まれ育った若者だけが農山村を支えるのではなく、今や都会で生まれ育った子どもたちが、ふるさとや農山村に関心を持っていろいろ行き来を始めています。あるいは、団塊世代の方々もいなか暮らしや新しい第二のふるさと探しをしています。そういうふうに人と人とが非常に流動化をする時代が来ていて、これが従来の単に経済効果だけを生む観光ではなく、リピーターとしてその地域を何度も訪れてみて、それがきっかけになってそこに移り住んで、そこを支えてみたいという人たちが今、登場しています。これが新しい観光の持つ効果なのかなと思っています。

 そういう点で、われわれの観光学部は、単なる経済的な面だけを見るのではなく、人が交流するという形を通じて地域がどう変化していくのかということを検証していきます。ですから、この活性化システム論もそうなのですが、学生と地域の方、あるいはNPO、行政の方なども参加をされていて、非常に多世代の学びの場になっているというのが特徴だと思うのです。

 今回も4人の教員が登場しますが、地域再生学と観光経営学、この2つの領域からそれぞれ各2名の教員が登場します。地域再生については、私が担当しております農山村の部分と、それから最後の第4講の学部長が担当しております、いわゆる中心市街地の活性化、まちの部分です。地域というと農山村と都市がありますので、この両面の活性化をどう考えるのかということで、2人の話者が登場する形になります。

 もう1つの経営学については、お一人がマーケティング、つまり、地域のブランド化ということが今非常に注目を集めているわけですけれども、個別企業が商品を売るのではなく、地域を売るという観点でのマーケティングの発想です。

 それともう1つは、統計なのですけれども、いわゆる観光のビッグデータの活用も含めて観光による地域の活性化効果を考えるときに、人が元気になったという部分だけではなく、やはり行政が事業としても後押しをしていく上で、可視化をする、数値で表していくということが非常に必要になります。

 そういう点で、観光による地域活性化のいろいろな経済効果を、定量的、統計的に明らかにしていきます。こういった形で、今日は4人が登場することとなっています。

佐々木先生:
 マーケティングの基礎の部分、あるいはそこからどういうふうに地域につながりが出てくるのかという部分について、話をしていきたいと思っています。誰に評価してもらいたいのか、誰がお客さんなのかということを考えることが、マーケティングの一番肝になる考え方になってきます。

 では、何なのかということで、日本でマーケティング関係者が一番多く集まっているマーケティング協会というところが示している定義を言ってみたいと思います。読み合せてみると、「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である」と、この定義ではなっています。大体こういう組織がつくる定義というのは、1回読んだだけではよく分からないというのが基本ですので、これを見ると何だろうという感じでしょうか。

 少しかみ砕いて読んでいきたいと思います。そうすると、「企業および他の組織が」とまず書いてあります。よくある考え方として、マーケティングは営利企業のものでしょうという考え方が多いです。確かに一面ではそういう部分があるのですが、「他の組織が」とわざわざ挙げているのがポイントで、営利企業以外でもマーケティングは必要だというのが今の認識です。

 つまり、非営利の組織体、どんな組織体かというと、例えばオーケストラや美術館、その辺りは、皆さんが認識しているようなマーケティングという活動にとてもなじみやすいと思います。宣伝をしてお客さんをたくさん集めるという感じで、なじみやすいような気がしますね。 あるいは、大学のような組織もマーケティングを行うべきだと言われています。新入生を集めなければいけないということだったら、そうなのでしょう。あるいは自治体や政府、そういったところもマーケティング活動をするべきだと言われています。どういうことでしょうか。自治体の政策を広告宣伝する、そういうことなのでしょうか。

 少し違うのです。そうではなく、何をしていきたいのかということを、次のところから見ていきます。顧客との相互理解を得て市場創造を行っていく総合的活動というのは、どういうことなのだろうかとなるのですけれども、企業活動はどういうところから出発するのかということを考えてみたいのです。それは企業の理念ともしかしたら言えるのかもしれないのですが、「優れた商品を低いコストで製造し、適正な価格で市場に提供する」、こういうことはありそうなことだとなると思うのです、より端的な言葉で言うと、「よい商品を安く提供する」ということです。そういう言葉を使ってビジネスを行うというのは、きわめてまっとうな考え方だと考えられます。

 ただ、まっとうなように見えるのですけれども、これはマーケティング的ではないのです。というのは、どういうことかというと、「よい商品を安く提供する」というのはあくまでも企業目線であって、簡単に言うとこういうことなのです。よい商品を安く提供するということを考えるならば、これは「よい商品を作っていれば、必ず売れるはずだ」という考え方に置き換わってしまいます。

 「よい商品を作っていれば必ず売れるはずだ」、こう考えている経営者は結構いそうですね。あるいは、経営者というよりはむしろ職人さんとか、そういう人にふさわしい言葉かもしれません。それはあってしかるべき言葉だとは思うのですけれども、もし売れなかったら、その人たちは何と言うのでしょう。「これが理解できない客が悪い」と言いかねません。自分の技術に自信を持っているならば、そういうことも起こり得ることだと思うのです。

 ただ、これは少し極端かもしれないので、次の段階に進むとすると、「作ったものを売る」というのは一緒なのですけれども、「よい商品を作っていれば、必ず売れる」と考えるのも一緒なのですけれども、「ライバルが多ければ売れないかもしれない」と考える人も出てくると思います。「どうにかして売る」、「無理やり売る」という発想、とにかく売り切れという発想になってしまいがちです。

 先ほどのものは「生産志向」と呼ばれるような考え方でしたし、今言ったのは「販売志向」と呼ばれるような考え方です。これはマーケティング的には前近代的というか、少し古い考え方だと認識されているような考え方です。 どういうことかということなのですが、「よい商品を安く提供する」ということは、結局は出発点は生産者なので、お客さんは何なのかというと、あくまでも商品を売る売り先でしかないのです。お客さんというのは、商品を買ってくれてお金を払ってくれる、それだけの存在です。

 でも、そういう考え方はやめようと、50年ぐらい前に言う人が出てきました。50年くらい前というと、随分古いような気がしますけれども、そのくらいにそんなことを言う人がいたのです。どういうふうに変わるかというと、ひっくり返すのです。ひっくり返して、お客さんを出発点にするならば、作ったものを売るのではなくて、「売れるものを作る」という発想に切り替えることができるでしょう。

 どうするかというと、結局、お客さんのニーズというものを考えてそこに適合させます。それができれば、無理に売り込みをしなくても売れるはずだという「顧客志向」の考え方がここで出てきます。この考え方が出てきたのが、先ほど言ったように、今から50年前、60年前の話です。ただ、それがなかなか浸透しないということが、われわれの中にはじくじたる思いとしてあります。それをピーター・ドラッガーという経営思想家は、70年代に端的にこんなことを言っています。「マーケティングの理想はSELLING・売り込みを不要にすることだ」と言っています。これは、少し回りくどい言い方をしてきたかもしれませんけれども、ここで言っていることを順を追って理解をしてもらうと、すっと腹に落ちる言葉なのではないかと思います。

 お客さんのニーズと言いましたけれども、これは一体何なのでしょうというのが、次の問題になってきます。そのときにわれわれはこういうたとえ話を使うことが多いのです。これはある経営者の人がセオドア・レビットというマーケティングの思想家に言って、本に紹介されたという有名な挿話です。どんな話かというと、アメリカでの話ですので単位がインチになっていますけれども、1/4インチのドリルがあります。アメリカは日曜大工の国ですので、ちょっとしたことがあったら木を買ってきて、それにねじを通して何か組み立てるのでしょう。ねじを通すときに下穴を開けます。そのためにドリルが必要になるわけです。1/4インチというのは、1インチが2.5㎝ですから、その1/4で6㎜くらいです。ねじを通すにはちょうどいいくらいのドリルです。それが何万本も売れていると言っています。

 なぜ売れているのか、お客さんは何を買っているのかと言うわけです。お客さんが買っているのはドリルではないということを言いたいわけです。つまり、ドリルというのは結局は手段でしかありません。何をやりたいかというと、日曜大工のための穴を開けたいのです。穴を開けてそこにねじをまっすぐ通るようにするとか、そういったことをしたいと言うわけです。 そう考えると、商品というのは一応あるのですけれども、お客さんのニーズは商品そのものではないということに気付きます。商品そのものは別にお客さんのニーズではなく、商品を使った結果が大事なのだということが分かるわけです。

 そうすると、古典的な例を幾つか挙げますけれども、商品そのものに注目をしてしまっていると産業の変化に乗り遅れるというパターンが幾つか見えてきます。最近の例で言うと、こんなことを少し考えてみてもいいでしょう。音楽を聴くには、皆さんはどういうふうにやっていますか。ここは随分年代がばらけていますけれども、以前はレコードがありました。黒い大きな円盤に針を落として、ザラザラとノイズが載っているようなところに音楽が漂ってくるというような、そういう味わいがあるから今でもレコードが好きだという人はたくさんいます。レコードがちょうど私が高校生の頃にCDに代わります。CDに代わると、レコードのようにすごく繊細な扱いというのは必要なく、手軽にいい音で音楽が聴けるという具合です。

 ここにいる若い人たちはどうでしょう。CDなんて買いますか。買わない人ももしかしたら増えてきているのではないでしょうか。何をやっているかというと、スマホやそういったことで音楽配信を利用しています。1曲単位で、場合によってはアルバム単位で買う場合もあるかもしれませんが、手軽に、いつでも、どこでも新しい音楽を入手することができます。しかも、少しさわりの部分だけ何十秒か試し聴きをしてから買うことができます。しかも1曲当たり100円とか200円と、割と手軽に音楽が買えるということで、今、音楽を聴くというビジネスで考えてみると、CDは長期低落傾向であるということは知っている人も多いと思います。それは音楽配信に取って代わられました。でも、それは別にニーズがなくなったわけではなく、ニーズに対応する商品が変化していっているということに気が付きますよねということです。

 これまでの話で、マーケティングの基礎の部分の話をひと段落つけたいのですけれども、地域ということをキーワードにするのであっても、マーケティングは必要ですというのが私の言いたい点です。何かというと、地域再生や地域活性化ということで、いろいろな施策、あるいはいろいろなアイデアが言われていますけれども、それは生産志向あるいは販売志向に陥っていませんかということです。

 私はそういったところにアドバイスをする立場ではないので、少し外野の立場から好き勝手を言わせてもらっていますけれども、政策や施策の押しつけが見られるような気がするのです。それはどうなのだろうということを考えるわけです。それは結局のところ、自治体の担当者や、あるいはそれをいろいろ推し進めている方々の自己満足で終わっていませんかということを、外野からとても気になるのです。

 そこでマーケティングの発想を取り入れていくというのはどういうことかと言うと、つまり顧客志向になりましょうという話です。顧客志向になりましょうというのは、そもそも本当のお客さんは誰ですかということをまず考えないといけないのです。そもそも本当のお客さんは誰ですかということをまず考えて、お客さんのニーズにきちんと応えているかということを考えていくというところにつながっていくわけです。

 お客さんのニーズに合わせると簡単に言いますけれども、それは実はそんなに簡単ではないということが分かります。お客さんのニーズに合わせるというのは、言葉として非常に単純で、とてもいいことだと無条件で思ってしまいがちです。そのためにわれわれ、マーケティングの専門家が考えるやり方は、市場の細分化という考え方です。どうするかというと、お客さんは多種多様なニーズを持っています。一番いいのはオーダーメードです。それぞれ個別のニーズに対応していくのが一番いいのですが、コスト的に無理です。これは非常にいいと分かっているのですけれども、無理です。ですので、どうするかというと、似たようなニーズを持ったお客さんをグループ分けしましょうと。グループ化することをセグメントと呼ぶのですけれども、そのセグメントを設定して、お客さんのニーズをまず捉えましょうということを考えます。「市場細分化」、あるいは英語でマーケットセグメンテーション(market segmentation)と言います。これがニーズをきちんと捉えるための第一歩になります。

 これができたらどうするかというのが次のステップです。次のステップとして考えるのが、ターゲット顧客の明確化ということになります。自らが取り組むべきセグメントを明確にしてやります。先ほどから片仮名が多くて申し訳ないのですが、ターゲットを決めていくことを、われわれはターゲティングと言うことが一般的です。ターゲティングのやり方はまた幾つかあります。どう考えるかというと、企業の体力によって随分違ってきます。非常に体力がたくさんある人は、すべてのセグメントに対応する、全てのお客さんに対応することができると思います。そうではない場合は、見込みのある複数のセグメントに対応します。さらに体力が限られている、体力というか、資源と言ったほうがいいかもしれません。経営資源が限られている場合は、限られた少数のセグメントに対応していくことになっていくでしょう。

 理論的な話ばかりでもあれですので、ここで、事例を一つ紹介したいと思います。大阪にあるユニバーサル・スタジオ・ジャパンというのは、皆さんもよくご存じのテーマパークではないかと思います。このUSJという会社はどんな会社かというのは、知っている方が多いですよね。どんな会社かというと、アメリカにあるユニバーサルスタジオ、テーマパークを運営するところからライセンスを供与されて、日本で、ある会社がそれを運営しています。以前は、「ある会社」がと言ったところは、大阪市と民間の第三セクターでした。ただ、大阪市と民間の第三セクターというのは非常に組織として中途半端だったのでしょう。最初、2001年に開業したときは、年間来場者数が1,100万人という非常に大きな数字を記録したのですけれども、やがてだんだんと下がっていきます。700万人、800万人というところに低迷をしていきます。はっきり言ってしまえば、経営はボロボロです。大阪市は結局、経営から手を引くことになりました。どうしたかと言うと、投資ファンドに株式を全部売却して、投資ファンドに経営の再建を任せるという、言ってみれば、経営破綻の状況に追い込まれたということです。

 何を始めたかということで、いろいろやるわけです。この辺は担当者の方が面白い本を書いているので、ぜひ探して読んでみてください。その担当者の方を含めて一生懸命頑張ったお陰で、2012年に700万から800万人だったのが900万人台に回復して、以後増加傾向です。今年も大きなアトラクションを開けましたので、かつてないようなところまで数字が上がっていくだろうと言われているのは、皆さんももしかしたら知っていることではないかと思います。

 結局大事なのは、そのときに何をやったかということです。ターゲット顧客の見直しなのです。そういうことをやったお陰でこれができたというのです。先ほどのスライドで見てもらいましたけれども、長期低落傾向だったものを回復につなげることができました。こういうことがあったという話です。大事なのは、担当の方が本の中、あるいはいろいろなインタビュー、あるいはテレビ番組に出てきてインタビューを受けている中で語っていることは、USJというのは800万人とか1,000万人規模のテーマパークとしてつくられたわけです。大人向けハリウッド映画特化というところでやってしまうと、ターゲット市場が狭すぎるということに気付いたということです。ターゲット市場がそれでは狭すぎて、これだけの規模のテーマパークを運営するのは不可能だということに気が付いたというのです。

 どうしたかというと、狭すぎるターゲット市場をより反応のいい、あるいはより収益の上がるであろうところに広げていきました。それが、先ほどのここの部分だったということになるわけです。ハリウッド映画以外に広げていく、小さな子ども向けでも大丈夫という方向に広げていくという方向になっていったというのは、そういうところなのです。

 これは別にUSJだけに限る話ではなく、いろいろな報道で伝えられていることで言うと、東京ディズニーランド、ディズニーリゾートでも同じことがやられているという話です。こちらのほうは中高年層を狙っていると言われています。特に40歳前後の女性グループを狙って、そういった人たちの来客を促していくということをやっているそうです。その結果、そういった取り組みを行う前は10%を切るような数字だったのが、そういったことを始めたら倍に増えています。9%弱だったのが18.6%に数字が伸びていっているというのは、そういう取り組みをしたディズニーランドの、ディズニーリゾートのそういったターゲットをどう考えていくか、この場合は広げていくという方向ですけれども、そういった方向を見て取ることができると言えます。

 こういうふうに、セグメンテーション、ターゲティングについて話をしてきましたけれども、これを地域というところに落としていきます。先ほど、マーケティングというのは顧客志向であって、顧客志向というのは顧客ニーズに対応すること、顧客ニーズというのは結局誰の顧客ニーズなのだということが大事だと話をしてきましたけれども、誰のというところで言うと、地域には4種類のお客さんがいると言われています。

 1番目は「来訪者」です。観光客であったり、ビジネス客であったり、そんなことになってくるでしょう。ある意味、一番分かりやすいお客さんだと思います。

 その他、地域でお客さんを考えるといった場合に、「企業」に投資してもらうという格好でお客さんを見つけていくということもあります。こちらのほうは、全国のいろいろな、本当に今現在は恐らく都道府県レベルで言うと全ての自治体が取り組んでいるのではないかと思いますが、企業が投資をする先として選んでもらうということを考えることも必要になってきています。この辺でいろいろと見てみると、別に日本国内の自治体だけではなく、海外の国レベルで、日本の企業に対して、ぜひうちの国に投資しませんかという情報を強力に発信しているような国もあります。ネットで検索しますと、まず真っ先にオランダが出てきます。日本の自治体がたくさん並んでくるのかと思うと、かなり上のほうにオランダが出てくるのです。そういうレベルまで、社会的な変化というのは大きいですから、いろいろと投資というところに対する考え方というのもあるのです。お客さんとして大事な要素になってきます。

 あとあるのは、「住民・市民」と呼ばれるような人たちです。ただ、ここが少し難しいのは、恐らく、住民・市民といっても2種類いるのだと思います。1つは、現在住んでいる住民の方々です。もう1つ、新しくそこに移ってこようとしている人たちもいるのではないかと思います。

 あともう1つあるのは、その土地で、あるいはその地域で出来上がった産品を買ってくれる人たち、そういった人たちも、恐らく一番上の人たちと並んで分かりやすいお客さんとして挙がってくるのではないかと思います。

 こういうふうに考えてみると、先ほどここに2ついるのではないかと言いましたけれども、後の話とつなげる関係で、この4種類のお客さんというのは、先ほど挙げた6つの評価軸に対応しているということも確認してほしいと思います。というのは、Value System、価値観というのは、そこに住んでいて住みよいかという話につながってきますし、生活の質も同様です。ビジネスの将来性は、そこに投資するという観点で考えると分かりやすいです。伝統・文化や観光は、来訪者にとってということになってきます。あと、物産は、最後に挙げた「産品の購入者」というところに対応しています。

 ここで、少し先ほど話が前後しましたけれども、住民のところを2つに分けてみたときに、ざっくり言ってこんな感じに分類できるのかなというのは、後々の話のために今のうちに言っておきたい点です。というのは、外部にいるお客さんと内部にいるお客さんがありますということです。内部にいるお客さんについては話を最後までとっておきたいのですけれども、外部にいるお客さんの部分については、分かりやすいでしょう。観光客を呼び込む、企業の投資を呼び込む、移住見込み者を呼び込む、あるいは物を買ってくれそうな人を引き付ける、こういったところについては恐らく分かりやすい話ではないかと思います。

 ここで、この辺やこの辺のお話をしてもあれなので、移住見込み者というところにフォーカスをして、非常に注目をされている自治体に事例を当たってみたいと思います。どこかと言うと、千葉県の流山市です。千葉県の流山市というのは、ここに地図があって、この辺です。こちらのほうは東京です。東京との境にある、千葉県北西部の小さな市です。

 この市は、2010年の国勢調査で人口が16万8,900人という数ですけれども、少し前と比較すると人口が急増しています。少し前というのは、こちらが2010年ですけれども、2005年の段階で15万3,000人しかいませんでした。16万8,000人なので、1万数千人増えています。これは人口の増え方としてはかなり異常な増え方です。
 
 キーになったのは、現在も市長を務めているこの方です。この方は、コンサルティングの会社に長らく勤めていたり、あるいはアメリカの大学院で勉強された経歴のある、民間のセンスを持った人らしいのです。この人が2003年に市長に就任しました。何をやったかというと、全国でもかなり珍しい部類の部署だと思うのですけれども、市役所の中にマーケティング課を設置したそうです。何をやったかというと、これは知らない方もいるかもしれないので、「SWOT分析」と言いますけれども、SWOT分析ということをまずやってみました。この「SWOT」というのは初めて聞く方もいるかもしれないので一応言っておくと、SはStrength、つまり自社の強みです。WはWeakness、自社の弱み、つまり内部資源として強み、弱みがあって、外部環境として、Opportunity、チャンス、機会があって、あるいはThreat、脅威、自社にとっての脅威になるような外部環境があるという、4つの要因、もっと簡単に言えば、内部資源と外部環境ということになります。内部資源と外部環境を分析することによって、どういう方向性がいいかということを考えて、「都心から一番近い森のまち」というキャッチフレーズでポジショニングを考えていきます。

 というのは、この市長が当選した次の次の年になるのでしょうか、つくばエクスプレスという新しい鉄道が開業して、都心へのアクセスがかなり便利になるということがあったらしいのです。ですので、都心から一番近い、自然がたくさん残っているまちですということを、内部資源と外部環境を分析した中で導き出してきました。

 それを誰に対してアピールしていくかです。ターゲティングの問題です。誰に対してアピールしていくかということで、DEWKS(デュークス)と呼ばれるような人たちを対象にしようとしました。デュークスというのは、Double Employed With Kidsという言葉を縮めたもので、共働きで子どもを育てているという意味です。共働き子育て世帯と呼ばれるような人たちをターゲットにしていこうということです。こういう人たちをターゲットにするというのは、逆に言ってしまうと、他の人たちを切り捨てるということです。切り捨てると言うと言葉は悪いですけれども、他の人たちに対する力の入れ方を少し薄めてしまうということになってきます。

 どんなことを始めるかというと、こういうことを始めるのです。これは流山市の公式PRサイトというところにアクセスすると真っ先に出てくるページなのですけれども、「母になるなら、流山市。」というキャッチフレーズで、ここは子育てをするにはとてもいい場所ですということをアピールしています。なおかつ、先ほど新線ができるという話がありましたけれども、都心に通うにもとても便利で、子どもを育てていくにはとても環境がいいということをアピールしていきます。そういうことをやっていくわけです。

 ここに書いてあるのですけれども、少し小さくて分かりにくいかもしれませんけれども、駅に送迎保育ステーションというのを作ったのです。何かというと、お母さんが小さな子どもを置いて働きに出ていくとなった場合、保育所に預けるというのは絶対に必要なことになってきます。保育所を充実させるというのは当然のこととしてやっていくのですけれども、もう1つやったのは、保育所に寄ってから、駅に行って電車に乗っていくと、時間がかかり過ぎます。何をするかというと、駅に行くとそこで子どもを一時預かりしてくれる施設があって、そこに子どもを預けて、お母さんは都心に働きに行きます。一時預かりの施設は何をしてくれるかというと、時間になったら子どもを保育所に届けてくれるのです。保育所が終わる時間になると、駅の一時預かりのステーションにまた子どもを連れて帰って来て、お母さんが帰ってくると一緒におうちに帰ります。こういうかなり工夫したアイデアを盛り込んでいくということをやって、ここは本当に子育てに便利だねというところにつなげていったということです。

 こういうことをやっていこうとすると、地方自治体の実情に明るい方でしたら、そんなことをよくできたねと思うかもしれません。実際に市役所の内部には最初猛烈な反発があったそうです。「行政がこんなことをしてよいのか」、あるいは「何ということを自治体が始めるんだ」ということを、最初のうちはさんざん言われたそうです。

 マーケティング課を立ち上げたときに、マーケティングのことを全然分かってないということに気が付いて、民間から課長を公募したらしいのです。しっかりした知識・能力を持った人を採用するということをしたのですけれども、最後の最後、絶対に必要なことと念押しで求めた要件というのが、打たれ強いことだったそうです。つまり、中からの抵抗が非常に強いわけです。これをやっていきたいと言っても、いろいろ抵抗される、あるいは場合によってはいじめに遭うようなこともあるかもしれません。そういったことに対してきちんと耐えられるようなメンタルを持っているということを、最後の要件にしたと、これは市長自らが語っています。

 そういう反発もありながらですけれども、こういうふうにある特定の世代の家族をターゲットにしたような施策を打っていきました。駅張りでこんな大きなポスターを張ったりすると、これはかなり自治体としては突出したやり方だとなりかねないのですけれども、そういったところまで踏み込んでいったということでした。

 この市長さんは、先ほど、アメリカで大学院の教育を受けたと言いましたけれども、アメリカは自治体がマーケティング活動を行うのは当たり前ですので、そういうことは当たり前だ、やっていかなければ駄目だというポリシーで進められたそうです。

 先ほども言いましたように、2005年につくばエクスプレスが開業して、流山市の中を電車が通って、以前から電車は通っていたのですけれども、乗り換えが必要だったのが、乗り換えなしで都心に出られるようになりました。これだけなら、普通にベッドタウン化が多少進むかなという程度なのでしょうけれども、共働き世帯の通いやすさ、住みやすさというところに集中した施策を行った関係で、つまり、保育所の利便性の向上、先ほど言ったようなやり方をやっていくことで、30代の割合が人口の構成の中で最大になりました。どういうことかというと、日本で一番ボリュームとして多いのは団塊の世代のはずですけれども、そういった人たちよりも多い人たちが流山市に住むようになりました。4歳以下の子どもも非常に増加しています。

 これは、ターゲットにしているお客さんたち、つまり、DEWKSと呼ばれるような共働き子育て世代の人たちにちゃんと施策が届いて、それがちゃんとお客さんの行動に結び付いているということになるわけです。その結果として何が起こったかというと、流山に住みたいという人が増えてきたわけです。実際に住んでいる人たちの経験談を聞いて、住みたいという人が雪だるま式に増えていくということが起こってきました。

 そういうことが起こってくるというのは、流山市のブランド力が向上したという言葉で表現できるような状態になってきたということになります。ブランド力向上という観点で、流山市のステータスが上がっていったということになります。今、何も説明せずに「ブランド」という言葉を持ち出してきましたけれども、この辺も説明しておきたいと思います。

 「ブランド」というのは、よく教科書などに載っている定義だと、こんな感じで定義される言葉です。つまり、自社商品を他メーカーの商品から区別するために用いられる名前、あるいはシンボル、マーク、そういったものだと定義されます。これはどういうことかというと、簡単に言ってしまえば、商品の名前がブランドなのです。だから、例えば私の場合であれば、佐々木という名前が一つのブランドということになります。つまり、私を識別するための名前です。ただ、私は残念ながらそこまでバリューがありませんけれども、ただの名前であったものが名前以上の存在になることがあります。これが、先ほどの商品の名前は全部ブランドだというのは、広い意味でのブランドと言いますけれども、価値のあるものは特別扱いしようというのが狭い意味でのブランドです。

 そういうふうに考えてみたときに、価値のあるブランドというのは何かというと、ブランドの名前が知らされていないときと比べて、付加的な商品価値を与えてくれるのです。目隠しテストで区別できなくても、ブランド名を示されるだけで違いが分かるということが起こってきます。そういうふうになってくると、名前が付いているということにすごく価値が生まれてきます。「価格プレミアム」という言葉を使う場合もあります。名前が付いていると、名前が付いてないときに比べてより高い値段で買ってもらえるという話です。逆に言うと、同じ値段で売ってある場合であれば、自分の好きなブランドのほうをより多く選んでしまう、知らないブランドのものに比べると、はるかにたくさん商品を買ってしまうという状況です。

 この「ブランド価値」というのはどこから生まれてくるのかというと、結局はお客さんの頭の中なのです。お客さんの頭の中で「ブランド知識」が「ブランド価値」に連動するのだと、われわれ理論家は考えています。では、知識というのは何かという話ですが、簡単に分けてしまえば知名度とイメージです。知名度だけでは駄目だということも同時に言われています。知名度が高くても実力が伴っていない状況だと、結局知名度が高いだけで終わってしまうということがあるようです。そこで大事になってくるのが、先ほどの図で言うと、「知名」と「イメージ」の内「イメージ」のほうです。

 残り時間も少なくなってきたので、地域のブランディングというところに、ここから入ります。

「地域ブランド」という言葉については、私自身が懸念していることとして、特許庁がミスリードをしたのではないかということを思っています。というのは、2006年に地域団体商標制度ができたのですけれども、これによって地域ブランドというものに対する世間の認識がとても狭くなってしまったような気がするのです。どういうことかというと、地域団体商標制度というのは、和歌山でしたら、「和歌山ラーメン」とか、「有田みかん」、そういった地名プラスその商品の名前です。こういう「和歌山」とか「ラーメン」というのは一般名詞なので登録商標できないのです。そういうふうになっていると、例えば和歌山ラーメンが人気になったときに、よそで全然違う人が和歌山ラーメンですというふうに売るという偽物の問題が起こります。法的な保護が求められてくるという観点から言うと、そういった地域名プラス商品名、地名付き商標というのを、地域団体商標制度で登録できるようにしたというのは意味があったと思うのです。

 けれども、そのときに、それを地域ブランドが、地域ブランドがと言ってしまったおかげで、これだけになってしまったのです。地域の特産品イコール地域ブランドのようななイメージが少し付いてしまったような気がするのです。

 ただ、先ほど言いましたけれども、4種類のお客さんがいます。4種類のお客さんがいるのであれば、特産品というのは一番下だけです。そうではなく、それ以外の部分についてもブランディングは考える必要があります。先ほど、流山市の事例はまさにそういった一つの事例です。 そういうふうに考えていったときに、産品は非常に分かりやすいのですけれども、残りの方々について考えなければいけないのは、残りの方々に提供される商品が見えない商品、つまりサービスであるということです。

 サービスであるというのはどういうことかというと、サービスにはこういう特性があると言われているのですけれども、「物質として存在しない」、「生産と消費が同時に起こる」、「1回限りで消えてしまう」、「一連の流れである」、「まったく同じものはない」、人によって4つになったり、5つになったりするのですけれども、こういった特性があると言われています。それで言うと、1回限りですぐに消えてしまって、無形のためにストックできず、品質管理が極めて難しい商品に、目に見える形を与えるのがブランドなのです。

 サービスの特徴からいえばこういうふうにばらばらなのです。ホテルで受けるサービス、美容室で受けるサービス、その他、いろいろなサービスがあり得ますけれども、そういったサービスというのは全部ばらばらなわけです。全部ばらばらだけれども、ある特定の組織において提供されるサービスというのに何か統一感を与えるとすれば、それはブランドなのです。

 そういうふうに考えていったときに、もう1点考えておきたいのは、先ほど言った、外部顧客と内部顧客という分け方がもう1回出てきましたけれども、サービスのブランドは品質が不安定なのですが、従業員とお客さんと共同でつくっていくという側面で、その不安定さというのは考えることができるのです。従業員とお客さんが共同でつくっていくのがサービスの品質だとすると、内部のお客さん、先ほどの例だと、地域の住民やコミュニティに限定して話をしましたけれども、少し広げて、自治体等の職員、スタッフ、ボランティア、その他、さまざまな方々がいます。そういった方々と訪れた方、あるいはそこに投資しようという人たち、そういった人たちとの関係性を考えてやる必要があります。

 そういうふうに考えていったときに出てくる考え方は、サービスの文脈で言うと「サービスのトライアングル」と言います。一般的なマーケティングは「マネジメント」と「顧客」、これだけです。ただ、サービスの場合はそこに「従業員」の存在が絶対欠かすべからず要因として現れてきます。従業員に対して企業は内部のお客さんとして扱って、外部のお客さんとの関係性をうまくやっていきなさいという話になってきます。

 同じことを地域に当てはめてみます。地域の場合で言うと、例えばこれは来訪者をどうおもてなしするかという文脈で図を書いてみました。「地域」があった場合に、その地域の「コミュニティ」があって、「来訪者」がいます。「来訪者」の方々はその地域の「コミュニティ」の方、あるいは「コミュニティ」ではなく、いろいろなスタッフやボランティアかもしれません。そういった方々との接点の中でその品質がつくり上げられていく、品質が出来上がっていくと考えて、やる必要が出てきます。

 それをやっていくために必要になるのが、実は内部のお客さんに対して、ブランドという形でその商品の価値を目に見えるようにしてやることが必要になってくるのです。

 時間ちょうどになりつつあるので、最後、まとめに入ります。マーケティングの考え方・知識・技能というのは、営利企業だけではなく、非営利の組織体であっても今は必須の知識になっています。日本はまだ、平等にしなければいけないという意識がどうも強すぎるようなところがありますけれども、先進諸国ではマーケティング的な発想は今やもう必須になっています。優れた商品があるということはあくまでも大前提なのですけれども、誰がお客さんなのかということを明確にしていくこと、つまり、マーケティングの発想が特に重要になってくるということは、ぜひ認識を持っていただきたいと思います。

 最後に、内部のお客さんは職員かもしれませんし、住民かもしれませんけれども、その方々が誇りを持てること、これが長期的なブランド価値の向上、そういったところにつながっていきます。途中で流山市の事例をお話ししましたけれども、あの事例も、結局は住民がそこに住んでみて、あまりの素晴らしさに他の人たちに口コミを広げていくことを自発的に始めていくような、とてもプラスのスパイラルが生まれているようですけれども、そういったところを見てやる必要があるでしょう。

 私の話はこれでおしまいになります。幾つか事例を挙げましたけれども、基本的には理論的な部分で、マーケティングを地域の活性化の中でどう考えていくべきかというところについてお話をさせてもらいました。
 ここで私からの話を終わりたいと思います。ありがとうございます。